■きらめかない、ときめかない 04■


 その夜、また恐ろしい夢を見た。

 今回の俺は最初からいきなり裸で、これはやばい、と危機感を覚えた。前回の夢が頭をよぎる。あの夢も相当やばかったのに、今回はスタート地点からいきなり裸である。これはやばい。本当にやばい。

 俺は、辺りをきょろきょろと見回した。しかし側にメグリはいなかった。よく見ると此処は俺の部屋で、自分のベッドの上だった。

 あ、何だ、今回はいやらしい夢じゃないんだ。

 心底ほっとした。単に、自宅で裸になる夢だったんだ。それはそれでどうかと思うが、メグリとどうにかなってしまうよりは、ずっと良い。

 俺は、ふう、と息を吐き出した。そうしたら直後、背後から誰かに抱きつかれて死ぬ程びっくりした。

「もっさん、ただいま!」

 その誰かというのは、やっぱりというか残念ながらというか、メグリだった。

「た、ただいま? ってお前、それはどういう……」

「え? ゴム買って、帰って来たから『ただいま』なんだけど」

 そう言ってメグリは朗らかに、ジーンズのポケットからコンドームの箱を取り出した。

 わあ、夢なのに律儀!

 いや違う。そうじゃない。そういう問題ではない。

「それじゃあ、もっさん。続きをしよう」

 いそいそと、メグリはベッドに上がって来た。

 続き? 続きって何だ。何処から始まるんだ、これは。そして、何処まで済んでいる状態なのだ。いや、そういう問題でもないのか? ああもう、何が何だか分からない。

 メグリは俺の肩を押して、ベッドに押し倒してきた。何時の間にか、彼も服を着ていなかった。いよいよやばい。やばいなんてもんじゃない。

「いや……、あの、メグリさん、ちょっと……か、考え直さねえかな」

「やだなあ、今更何でそんなに緊張してんの」

  説得を試みるも、一笑に付されて終わってしまった。メグリは鼻歌でも歌い出しそうな調子で、俺の足を持ち上げた。

「いっ!」

 俺は引っ繰り返った声で叫んだ。恐ろしいことにメグリが、俺の中に指を突っ込んできたからだ。

「ば……っ、おま、やめ、ろ……っ!」

 夢だというのに、この圧迫感だとか、背中を突き上げる痺れだとか、涙が目尻に滲む感触だとかが克明に感じられるのは、一体どういうことなのだろう。

「もっさんは、こうされるのが好きだよね」

 メグリがさらりと恐ろしいことを言いながら、指を抜き差しする。止めてくれ。俺はそんな設定は知らない。

「やめ……、あ、あ、あっ」

 指の動きに合わせて、おかしな声が出るのを止められなかった。内側を直接触れられる感覚なんて知らないはずなのに、正体不明の快感が俺を揺さぶる。

「う……っ、あ、あ……ッ」

 みっともなく喘ぎ、俺はゆるゆると首を横に振った。メグリの指が増やされて、中を押し広げるように動く。

「あっあ、あっ」

 喉をそらし、中を擦られる感覚と戦っている内に、限界が近くなってきた。それに気付いたのか何なのか、メグリが俺のものに指を這わせてきた。

「あ……っ、あ!」

 いやらしい手つきで撫で回され、それと同時に奥深くまで指を差し入れられて、こともあろうに俺は達してしまった。白濁が、メグリの手の中に吐き出されてゆく。

 俺はがくがくと身体を震わせながら、最悪だ、と思った。

 最悪だ。掛け値無しに最悪だ。目覚めたらきっと、下半身が酷いことになっているに違いない。最悪だ。もういっそ、目覚めたくないような気持ちになる。

「……もっさん、もう、入れるね」

 切羽詰まったメグリの声を聞き、ハッとなった。  前言撤回である。早く目覚めないとこれはまずい。しかし、夢が終わる気配はなかった。メグリが俺の身体をうつぶせにして、腰を高く持ち上げる。

 ちょっと待ってくれ、夢なのに最後までやんの? 良いのそれ?

 いや、良くない。断じて良くない。夢の中とはいえ、こんな屈辱的な格好を俺が受け入れているのも良くない。良くないから待ってくれ、メグリ。

「あ、ああ、あっ!」

 胸中で溢れた俺の制止はメグリに届かなかった。圧倒的な質量が、体内に押入ってくる。夢だからなのだろうけれど、全く痛くなかった。それどころか、俺は再び達してしまいそうになるのを堪えるのに必死だった。頭がくらくらする。頼むから早く目覚めてくれと切に願う。

 そのとき、突然メグリが俺の耳元でこう囁いた。

「もっさん、佐々木さんに告白したんですか」

 俺は全身を硬直させた。火照っていた身体が、急速に冷たくなってゆく。いくら夢だからって、それはちょっと急展開すぎやしないかと思う。

「え……いや、それは……」

 しどろもどろになっていると、背後でメグリが大きく溜め息をつき、俺から身体を離した。

「告白したんでしょう?」

 冷たい声に、俺は恐ろしくなった。心臓が固まってしまったようになって、何か言おうにも口が動かない。あまりにも怖くて、俺はメグリの方を向くことが出来なかった。

「信じられない」

  心底呆れた、という風にメグリは言った。

「俺はもう、あなたのことが信じられない」

 メグリが立ち上がる気配がした。俺はようやく、彼の方を振り向いた。メグリは俺に背中を向けていた。頑なな背中だった。露骨に拒絶の意を感じる。

「さようなら、もっさん」

 メグリは、小さな声で呟いた。  待ってくれ、と言おうとしたところで目が覚めた。