■青あおとした青 12■
「何だよ、いっちゃんも俺のこと好きだったんじゃん」
俺は叫び出したくなった。え、そうなる? そうなっちゃうん?
「い、いや、ほんま待って!」
こんなにも必死にストップをかけているのに、大和は俺の唇に、自分の唇を押し当てて来た。肩が震える。そうしたら口の中にぬるりと舌が入って来て、俺の腰は跳ね上がりそうになった。
「んんん、んっ、んん!」
俺は必死でもがこうとするが、悲しいかな体格差は歴然で、どうにもならない。大和の舌が、舌に絡みついてくる。上顎をなぞられて、ぞわっとした。俺は頭の中でひたすら、何やこれ何やこれ何やこれ、と叫んでいた。
唇が離される頃には、既に俺は半泣きになっていた。
「な……、な、何……っ」
息も絶え絶え抗議しようとするが、大和はそれを無視して、服の中に手を突っ込んできた。脇腹を撫でられて、「うわあ!」と大きな声が出た。
「いっちゃん、もちょっと声のボリューム下げないと」
そう言って大和は、俺の唇に指を当てた。
「お、おま、お前、何してんの……っ」
「え、セックス?」
ほとんど間髪入れずに返って来て、俺は卒倒しそうになった。
「こ、ここでですかっ? ここ教室ですよっ?」
「何で敬語な上に標準語になってんの。だって、両想いになったら、やるもんでしょ」
「何それ、どんだけ野獣……うあっ」
再び脇腹に手を這わされて、俺は喉をそらした。その拍子に、床で頭を打った。痛かった。最悪だ。
大和は俺の肋骨をさわさわ撫でながら、耳を舐めてきた。耳の中にも舌を突っ込まれて、背中に妙な震えが走る。いやあの、ほんと何でこんなことになってるんですか。
「や……っ、ちょ……っ、ほんま、待っ……」
声が途切れ途切れになるのが、恥ずかしくてしょうがない。 大和は俺の喉を舐める鎖骨を舐める乳首を舐める。
「あ、あ……っ」
どんどん思考が麻痺してくる。自分の周り全てがぼんやりとして不明瞭なのに、大和の舌の熱さとか、唾液が外気に触れてひやっとする感覚とか、大和の髪の毛が肌をかすめてくすぐったいとか、そんなことだけははっきりと感じられる。何やこれ。何やこれ。何やこれ!
大和の手が足の間に伸びてきて、流石に俺は慌てて、両手でそれを押しとどめた。
「あ……あかん……!」
涙ながらに訴えているのに、大和からの返事は「かわいい」だった。何でやねん。
「いやだから……っ、あかん、って!」
「あー、あかん、って良いね。何かぐっとくる。もっと言って」
ヘラヘラ笑う顔とは対照的に、大和はびっくりするくらいの力で、俺の手をさっさと払いのけた。
「うあっ!」
ズボン越しに触れられて、俺は声を裏返した。
「あ、たってる」
口に出してそんなことを言われて、顔と脳と耳の奥と喉がカッと熱くなった。
「うっさいわボケ……! 死ね……っ」
渾身の力で睨みつけた……つもりだったけれど、目に力が入らない。残念ながら、声もふにゃふにゃだった。
「うんうん」
大和は嬉しそうに頷きながら、やわやわと手を動かす。
「も、ほんま……マジしば……あ、うわ!」
いつの間にかベルトが外されていて、大和の手が下着の中に入って来た。
「うんうん」
こいつはやっぱりニコニコしていて、無性に悔しくなった。
「うあっ、あ……っ、んん……っ!」
大和が俺のを上下に扱く。人に触られるのなんて初めてで、俺は未知の感覚に震えた。腰が痺れる。何これ。なんでこんな気持ちええの。何がどうなってんの。
「わー、いっちゃん、ぬるぬるしてる」
そう言いながら、先走りを先端に塗り広げるようにされて、俺は羞恥と快感で身をよじった。
「お前……っ。ドMの癖に、何でそんなノリノリやねん……!」
「だから俺、Sだって言ったじゃん」
「何やねん、それ……あ、ああ、あ……っ」
「泣く子も黙る勢いのSだもん」
「ちょ、待って、分かったからほんま待ってあかん、ちょっとマジで、あかん、あかんから!」
限界が近付いてきて、俺は半泣きになりながら大和の手から逃れようとした。だけど彼は、両膝で俺の腰を挟んで、動けないようロックする。
「あ、もう出す?」
そう言いながら、大和は手の動きを早くした。脳天を、激しい快感が突き上げる。
「だか……やめっ……あ……っ!」
ほとんど言葉にならない声を発しながら、俺はあえなくいってしまった。
死んで、しまいたい。
肩で息をしながら、心の底からそう思った。本気で死にたい。消えてなくなりたい。
ぐったりしていると、大和はさっさと俺のズボンと下着を脱がしにかかる。靴下も引き抜き、俺の足を持ち上げて指を口に含む。
「……っ! 何やねん、何がしたいねん……」
「えー、色々」
一旦口を離して笑顔で言い、大和はまた俺の足指を舐め、指の間に舌を這わせる。
「う……あっ」
くすぐったいようなむずがゆいような、奇妙な感覚に目をぎゅっと閉じた。大和の手が、内股を滑り、それにもゾクゾクしてしまう。
足の裏からふくらはぎ、太ももまで舐めらる。意味不明の快感に必死に耐えていると、大和が俺のを舌先でつついて、俺は絶叫しそうになった。
「おっ、お前っ、何してんの!」
「……あのさあ、いっちゃん」
涙声になる俺を、大和は呆れた顔で見上げてくる。
「さっきからうるさいんですけど……。ここ教室って忘れてねえ? あんま騒いでると、人来ちゃうかもよ。まあ、もう時間遅いから誰も来ねえと思うけど」
……ほんまや。ここ、教室やったんや。 彼の言うとおり、あまりのことにそんな大事なことを忘れていた。そう言われると、今までよく見えていなかった教壇やら黒板やら机やらがはっきりと視界に浮かび上がって、羞恥に身を貫かれるようだった。
「そ、そもそも、こんなとこでこんなことするお前が」
「いっちゃんも抵抗しなかったから、同罪だよ?」
女子みたいに小首を傾げながら、大和は言った。何やねん可愛くないっちゅうねん。そう言いたかったけれど、無理だった。大和が俺のを口に含んだからだ。
「……っ!」
衝撃過ぎて、声が出なかった。熱い。熱くて焼けてしまいそうだ。
「あ、あ……っ、あ」
大和の舌が俺のに絡みつく。ぬるぬるとした感触が行ったり来たりして、どうにかなってしまいそうだった。
「大和……っ。ほんま、あかん……から……っ」
何度も何度も舐められて、声がどんどんブレてゆく。あかん。恥ずかしい。気持ちいい。というか今更だけど、男に舐めらて気持ち良いってどうなんだ、と頭の隅っこで思った。本当に今更だけど。
少しして、大和が口を離した。
「はあ……っ、はあっ、はあっ」
俺は咳き込むように呼吸をした。心臓が大暴れしていて、これは大丈夫なのか、とにわかに心配になった。俺は心音と呼吸を整えるのに必死になっていて、大和が何やらゴソゴソやっているのに、全く気が付いていなかった。
「うえおあっ?」
突然後ろにぬるぬるしたものを塗りつけられて、俺は奇妙な声をあげた。
「いっちゃん、なんつう声出してんの」
楽しそうに笑って、大和は相変わらず、ぬるぬるを塗り込めてくる。
「何……っ、何、何っ」
足下からザワザワ感が這い上がってきて、俺は怯えた声をあげた。
「あ、これ? ローション的な」
大和は、透明の液体でドロドロになった右手を掲げて見せた。色んな意味で有り得なくて、俺は気が遠くなった。
「な、何でそんなもん持ってんねん……!」
「いつ、いっちゃんとこういうことになっても困らないように、と思って」
若干うっとりした口調で言われて、俺は「死ね……!」と絞り出した。
「え、ていうか何……っ、そのローション的なもので、何をどうす、るん、ですか……っ」
「とりあえず指で慣らして、しかる後に本番と言う感じで」
けろっとした調子で、大和は言う。
「ほ、本番て何よ。え、ちょ、何、入れる気? 入れる気なんお前?」
「何を今更」
今更、の「ま」辺りで、大和はぬるぬるの指を一本、俺の中にねじ込んできた。不意打ち過ぎて、声が出なかった。全身が粟立つ。足の指が突っ張ってしまって、攣りそうになった。
後ろも奴の指もぬるぬるだったので痛くはなかった。痛くはなかったけれど、でも! でも!
「あれ、萎えた」
大和が俺の股間を見下ろして、目をぱちぱちさせる。
「な、萎えるに決まってるやろ、ドアホ……! 抜け、や……!」
必死で言いつのると、大和は「しょうがないなあ」とかなんとか言いながら、ローション的なものでベトベトになったもう一本の手で、俺のを扱き始めた。俺の中には依然、指が入ったままだ。
「あ、うあっ!」
ねろねろぐちゃぐちゃと卑猥にも程がある音と共に弱いところを擦られて、俺は全身を震わせた。
「あ、たってきた、たってきた」
嬉しそうに実況されて、ついでに後ろの指も動かされて、俺はまた死んでしまいたくなった。
「あ……っ、あ、も、やめ……ろ、や……っ」
やめろって言ってるのに、後ろに二本目の指が入って来た。前は相変わらずぐちゅぐちゅ扱かれて、口は大和の唇で塞がれた。
「んん、うっ、んんん……っ」
もう、何がどう気持ち良いのかよく分からない。大和が俺の舌をねぶる音とローションの水音が、耳の中で膨らんで破裂しそうになる。
「あ、う、ああ、あっ!」
あまりにもしつこく前後でぐちゃぐちゃやられて、俺はまた達してしまった。全身から汗が吹き出る。 えっちょっと待って、これでいってしまう、ってどうなの。前を触られていたからとはいえ、後ろに指を入れられたままいってしまう、ってどうなの。
そんなことに恐れ戦いていたら、大和は指を引き抜いて、俺をうつぶせにさせた。そしてそのまま、俺は四つん這いの格好にさせられる。 え? と思っていたら、何か熱くて大きいものが後ろにあてがわれた。一瞬で肝が冷えた。え、何これ。何これ、本番? いわゆるひとつの、本番?
「ちょ、ちょっと待っ……! 何かめっちゃ痛い気がする! 何かめっちゃ! 痛い気が! する!」
「あー……うん、ごめん。もう我慢出来ないんで、その辺は頑張って」
「おま……っ!」
俺は途中で言葉を切った。問答無用で、大和のんがズンズン中に入って来たからだ。
「あ、あああっ、あ、あ!」
それは想像以上の衝撃で、両目から涙が溢れた。額を床にこすりつけ、どうにか気を散らそうとするが、無理だった。
「あ、あっ!」
大和が腰を進めるたびに、涙と汗が噴き出した。全身が、ガクガクと大きく震える。
「……いっちゃん、ごめん、大丈夫……?」
熱っぽい声で、大和が耳元で囁いた。息が耳にかかってくすぐったい。
「まじ、お前、しばく」
俺は、息も絶え絶え悪態をついた。
「うん」
「本気で、ぼこる」
「うん」
「大阪湾、沈め、る」
「うんうん」
切れ切れの俺の言葉に頷きつつ、大和は俺の頭を優しく撫でた。
「ごめんね、いっちゃん。愛してる。あ、泉って呼んでもいい?」
俺は肩で息をしながら、今この状態で聞くなボケ、と思った。だけどそんな長い文章を口にする気力がなかったので、「死ね」とだけ呟いた。
「ひっでえ」
大和は笑って、俺の腰をさすった。酷いのはどっちだと思ったが、それを口にする気力もなかったので、もう一度「死ね」と言っておいた。
背後で大和が苦笑する気配がして、体内に入っていたものが、ずるりと動いた。内蔵が全部持って行かれるんじゃないかと思った。
「うあ、ああっ!」
声が喉に引っかかって、奇妙な響きになる。床に突いた手が、汗で滑った。また、大和が動く。
「あ、う……っ、あ」
目から、新たな涙が溢れてきた。その滴が床に落ちて、木目にシミを作る。
「泉……っ」
大和が耳元で、うわごとのように囁く。彼の髪の毛が耳と首筋に当たって、背中がぞわぞわした。
「あ、ああ、あ……、はっ」
何度も熱い塊が行ったり来たりしている内に、段々痛いだけじゃなくなってきた気がして、俺はそれが大変に恐ろしかった。気持ち良い? まさか。まさか!
そう思うのだけれど、上擦ったおかしな声が止まってくれない。さっきからずっと、背中が震えている。
「あ……あ、……っ」
段々、声も掠れてくる。頭の中が痺れて、上下左右の感覚も曖昧になってきた。
「泉、おれのこと好き?」
大和の声が、遠くから聞こえてくる。俺はもうそれどころじゃなくて、自分を保つのに必死だった。
「ん、ん……、あっ」
「泉」
答えを催促するように、大和がぐっと腰を押しつけてくる。 「あ、あ……っ、す、き」
やからもう早くなんとかしろ、と言おうとしたら、頭の裏側でバチンとスイッチが切れるような音がした。目の前が白くなって、プールに飛び込んだ時のような感覚に襲われる。物凄く遠くから、くぐもった蝉の声が聞こえる。ぼうっとそれを聞きながら、何故か俺は、ああ何か幸せかも、と思った。
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