■青あおとした青 11■


「……何、いっちゃん」

 大和は、こちらをじっと見ている。頭の中が大荒れに荒れていて、彼の顔をきちんと見ることが出来ない。

「あの、大和。こないだお見舞い来てくれたのに俺めっちゃ感じ悪くてごめんポカリとかありがとう美味かったし嬉しかった」

 俺は、ほぼ一息で言った。言ったというか、口が勝手に動いた。自分でも、何を言ってるんだと思った。

「え、なっ」

 大和も俺の言葉にびっくりしたようで、言葉を詰まらせた。俺も自分にびっくりした。確かにずっと言おうと思っていたことだけれど、今言うことでは決してない。何度も何度も頭の中で練習していたからだろうか、やけにスムーズに言葉が出てしまった。

「何だ、よ……! 何でそこで、デレが来るんだよ!」

 大和は顔を赤くして、咳き込むように言った。俺も、やたらと恥ずかしくなってくる。

「何やねん、それ。人をツンデレみたいに言うなや!」

「ツンデレだよ! どう見てもツンデレだよ! 普段ツンツンしてんのに、たまにしおらしくて可愛いんだもん」

「お、お、お前、頭おかしいんとちゃうか」

「頭おかしくてもいいから、いっちゃん、今のもっかい。もっかい言って」

「は、はあ?」

「デレいっちゃん、貴重だから! もっかい!」

「な、何でやねん。嫌やっちゅうねん」

 俺は言って、大和の手を振り払おうとした。だけど、俺の腕にしっかり絡みついたまま、彼の手は離れない。

「うわやべえ。照れるいっちゃん、マジかわええ」

「お、お前何言ってんのっ? ホモかよ!」

「だからホモだってば」

 しばらくそんな感じで俺たちはギャーギャーと言い合っていたけれど、やがて大和が大きく息を吐き出し、こう言った。

「……で、今のは、オーケーの返事ってことでいいの?」

「何でっ? 何でそうなんのっ?」

 俺は心底驚いた。だって全然、そんな話じゃなかったじゃないか。顔が熱くて死にそうだ。蝉の声が耳に刺さる。頼む、今だけでいいから黙ってくれ。

「何で、って……。そんじゃ、いっちゃんは俺のこと、どう思ってるの」

「どう思ってるの、も何も」

「ちゃんと答えてよ」

 大和の目がじっと見る。俺は口を開いたり閉じたりする。心臓が潰れるんじゃないか、というくらい苦しくなった。自分が何故こんなに追い詰められているのかが分からない。

「そんなん、だって俺は、お前と高野が付き合うもんやとばっかり」

「また……」

「そう思うやん! 周りもみんなそう言ってるし、お前ら実際仲良いし」

 俺はこめかみを手で押さえた。頭が痛い。蝉の声が高らかに響いて、俺の思考を邪魔する。この蝉の声は、窓の外から聞こえてくるのか? それとも、俺の中から聞こえているのか?

「高野が帰って来たときから、ああこいつら付き合うんや、って思っててん。そしたら俺一人になってまうやん、てことに気付いて」

 あ、駄目だ。俺は駄目だ。言わなくていいことを言っている。駄目だ。黙らないと。だけど止まらないし蝉がうるさい。大和に掴まれている腕が熱い。蝉がうるさい。うるさい。

「大和と高野が付き合ったら、俺は一体どうなんの、とか思って何かもう、意味不明なくらい、絶望的なきぶんに」

 そこまで言ったところで、大和に抱きしめられた。彼の肩に額が思い切りぶつかって、一瞬何事かと思った。

「いっちゃん、いっちゃん」

 大和が、うわごとのように俺の名前を呼ぶ。耳元から頭の中にその声が広がっていって、さっきからずっとうるさかった、蝉の声を包んでいく。俺は何だかぼうっとしてしまった。うわ何やこれ。

「いっちゃんがそんな風に思ってたなんて、知らなかった」

 大和はそう言って、俺を抱きしめる腕に力を込める。

「いっちゃん、大丈夫だよ。俺と高野は付き合わないよ。大丈夫だよ。いっちゃんは一人にならないよ。俺がいるもん」

 大和が俺の顔を覗き込む。何故かおれは、ほっとしてしまった。  そうか、そうだ。大和と高野は付き合わないんだ。一人にならないんだ。もう、みっともない嫉妬なんてしなくてもいいんだ。

「そっか」

「そうだよ」

「そっか、良かった、お前がいるもんな……って……」

 そこで俺は我に返った。急速に視界がはっきりする。夢から叩き起こされたみたいだった。

「えええちょっと待って何? 何の話? 俺いま何言ったっ? いやほんと何っ?」

 俺は手で口を塞いだ。死ぬほど恥ずかしい。顔が燃え上がりそうだ。

「ああもう、いっちゃん超かわいい!」

 大和は弾んだ声で言って、一層強く俺を抱きしめた。

「いやほんま待って! 何かもう俺、ほんまに分からん……!」

  気が付けば俺は、天井を見ていた。あれっ何故天井? そう思うと同時に肩を押さえられて、ついでに腰の辺りが重くなった。

「え……ちょ、大和さん、何してはんの」

「押し倒してんの」

 にこやかに言ってから、彼は俺の頭を撫でた。