■青あおとした青 10■


「いっちゃん、俺にはキレてばっかで全然心を開いてくれない癖に、何で高野にはあっさり話しちゃうんだよ。大阪の友達にはあんな風に笑う癖に、何で俺には全然笑ってくれないんだよ」

 俺は、胸が締め付けられるような思いだった。大和が、俺の腕を握る手に力を込める。痛みが走ったけれど、やめろとは言えなかった。 そうだ、大和はずっと俺のことを気遣ってくれていた。俺の方に歩み寄ろうとしてくれていたのに、俺はそれを拒絶してばかりだった。俺は馬鹿だ。大馬鹿だ。

「あの、大和……」

 ごめん、と小さく呟いた声は、次に続く大和の衝撃的な言葉にかき消された。

「俺、いっちゃんのこと、こんなに好きなのに!」

 時が止まった。

 ような、気がした。頭の中が瞬時に真っ白になった。目は開いているのに、何も見えていないような気になる。

 しかしこの時は、比較的すぐに正気に返ることが出来た。

「い、いやお前……、その表現は誤解を生むんではないかと、思うねんけど」

 しかも、未だに俺は腕を掴まれたままだし。純情な奴だったら、本気にしてしまうかもしれない。

「えっ? いや、違うって!」

 大和も我に返ったようで、激しく首を振って否定した。

「あ、うん、分かってるけども」

「いや、だからそれが違うんだって!」

「頭に、『友達として』をつけ忘れたんやろ?」

 そう言うと、彼は何故か絶望したように天を仰いだ。ちなみに、俺の腕は握りっぱなしだ。どうでもいいけど、手ェ離してくれへんかな、と思うのだが、何となく言い出せない。

「ああもう、やっぱこうなるんじゃん! 勢いとはいえ、何で言っちゃったんだろう俺の馬鹿野郎……っ!」

 何だかよく分からないが、大和は一人で慌てたり怒ったりと、大忙しだ。

「お前、さっきから何言ってんの」

「誤解じゃないんだって。俺は、ほんとにそういう意味で、いっちゃんのことが好きなんだよ! 友達としてじゃなくて、恋愛感情てこと!」

 俺は、口をあんぐりと開けた。折角正気に返ったのに、また頭の中がぐちゃぐちゃに塗りつぶされていく。

「……え、あ、ごめん。ちょっとよく分からんねんけど」

 俺は、素直な気持ちを吐露した。本当に、彼の言っている意味が全く分からない。こいつは一体、何を言っているんだ? 大和は、はあっと息を吐き出して、ゆっくり説明してくれた。

「俺は、いっちゃんのことが好きなの。だからこないだ言ってた、俺の好きな子っていうのは、いっちゃんのことだよ」

「いや、え? は? 何?」

 大和の言葉が、じりじりと頭の中に入って来た。それと同時に、額から汗が吹き出してくる。こいつが、俺のことを好きだって?

「え、ちょっと待ってな。友達としてじゃなくて、ラブ的な意味で?」

「ラブ的な意味で、だよ」

 大和はしっかりと頷いて、再度溜め息をついた。

「ああーもう、告白するときは、ちゃんとしっかり、ムード出してからしようと思ってたのに、何かグダグダになっちゃったよ……」

 悔しそうに、大和は頭を掻きむしった。俺はまだ、きちんと頭の中が整理できないでいる。

「ちょ……、あの、大和。高野、は……?」

 ほとんど無意識に、そう口にしていた。

「何、また高野?」

 大和は、あからさまに嫌そうな顔をした。

「いや、だって俺はてっきり、お前が高野のこと好きやから、俺と高野が一緒におったとこを見て怒ってるもんやとばっかり」

 俺の言葉が終わらない内に、大和が言葉をかぶせてくる。

「だから、俺は、いっちゃんのことが、好きなの。確かに、高野と一緒にいるとこ見て、怒ってたよ。超ジェラシーだったよ。いっちゃん、高野のこと好きなのかってすんごい心配だった。あいつ、いっちゃんのことオオサカって呼ばないし」

「は?」

「だっていっちゃん、オオサカって呼ばれるの、微妙に嫌がってんじゃん。だから、オオサカって呼ばない人間は、ちょっとポイント高いでしょ?」

「え、な」

 俺は口をぱくぱくさせた。何でこいつが、そんなことを知っているんだ?

「だから俺、オオサカって呼ばないでいっちゃんって呼んで、一生懸命仲良くなれるように頑張ってたのに。そしたら高野も、オオサカってあだ名使わないし。いっちゃん、他の女子とは全然喋んないのに、高野とは喋るし」

 堰を切ったようにまくしたてる大和に、俺は混乱しっぱなしだった。

「いや、あの、お前の言ってる意味が分からん」

「何でだよ。超簡単じゃん。アイラブユーだよ。難しい文法も何も使ってないよ」

「だって高野」

「高野の話は、もういいっつうの」

 大和は、ぴしゃりと言い放った。

「いっちゃんはこないだからずっと、高野高野って、高野のことばっかり。お見舞い行ったときだって、俺はいっちゃんの心配してんのに、いっちゃんは高野のとこ行けってそればっかでさ」

 大和はそう言って、頬を膨らませる。きもいからやめろ、なんてツッコミを入れる余裕もなかった。何でそんな本気っぽく言うんだ。本気か。本気なのか。本気の嫉妬なのか、それは。 嫉妬、という単語に頭がクラクラした。大和が高野に嫉妬、って何がどうなったら、そんなことになってしまうんだ。 俺は一体、どうしたらいいんだ。どういう顔をして、どういう姿勢で立って、どういうふうに呼吸をすれば良いんだ。

「あの後、ちゃんと行ったんだよ俺。いっちゃん来ねえなら、行かないつもりだったのにさあ」

 瞬間、石橋から送られてきた写メが頭をよぎった。夫婦の写真、と書かれていたあの写真。寄り添う二人は、何処からどう見てもカップルだった、のに。

「いや、だって……。高野は、お前に来て欲しいんちゃうかな、って思ったから」

「何でだよ。普段からしょっちゅう顔合わせてんのに、わざわざ俺と会いたいなんて思わねえよ」

 いや、それは違うだろ、と思ったけれど口には出さなかった。ここでそれを言ってしまうと、先程の終わらない論争が再来してしまう。

「え、ええと、お前、俺のことが好きやって?」

「うん、そう」

「てことは大和……お前、ホモな人やったん?」

 恐る恐る尋ねてみる。

「いやあ、それが、言いにくいんだけどさ……」

 大和はそこで言葉を切り、恥ずかしそうに手を頬に当てた。

「いっちゃんがキッカケで、目覚めてしまったかもしれない感じで……」

 俺は反射的に飛びずさろうとした。が、腕をがっちりロックされたままだったので、上手くいかなかった。

「な、な、何それ! 俺、めっちゃ責任重大みたいやんけ! 知らんで俺は!」

「あはは、そうそう。責任重大だよ、いっちゃん。責任取ってもらわないと」

 ちょっと前まで大和もテンパっていたのに、いつの間にか彼は余裕を取り戻している。対する俺は、今になって心臓が暴れ出してきた。

 こんなときにまた、蝉の鳴き声が聞こえてきた。それも、特大ボリュームで。駄目だ。俺は蝉の声を聞くと、頭の中がかき混ぜられてしまう。

「いやいやいや! 何それ! マジ、何それ!」

 俺は首をぶんぶんと横に振った。俺の脳は、混乱の極みに達していた。思考がどんどん濁っていって、どうしていいか分からない。 何だかよく分からないが、告白された。告白されてしまった。しかも男に。大和に。何の冗談だろう。どうしたら良いんだろう。何か言わないと。そうだ、何か言わないといけないんだ。何か、何かを言わないと。

 あっそうだ、大和に言うことがあったような気がする。それは何だったっけ。

「や、やま、と。あの」

 おれの口は自動的に開いていた。脳みそは全く動いていないのに、口だけが勝手に動く。