■青あおとした青 ■


「な、大和と高野、ラブラブだろ?」

 間近で石橋の声がして、俺は脳内で蠢くグダグダな考えを引っ込めた。

「あ、ああ、うん」

 頷くと、石橋は大和の椅子に腰を下ろし、俺の机に肘をついた。

「あいつらが付き合ってないって、嘘っぽいよなあ。オオサカ、何か聞いてね?」

「え、いやあ」

 俺は、曖昧に返事をした。耳の奥で、好きな子はいるけど秘密、と言った大和の弾んだ声が蘇った。それに窓の外で唸りをあげる蝉の声が重なり、思考が分散してゆく。

「……そういう話、大和としたことないから、分からへんわ」

 つく意味の全くない嘘をついた。自分でも、どうしてそんなことを言ったのか分からない。もしかしたら、この話を早く終わらせたかったのかも。

「そうなの? お前ら仲良いのに、そういう話しないんだ」

 意外そうに、石橋は目を見開いた。何故かイライラする。この話に突っ込んでくるな、と思う。ああ、蝉がうるさい。

「石橋お前、人の席に座るなよなー」

 高野との話を終えたらしい大和が、石橋の頭を軽くはたいた。石橋は、「あ、大和おかえりー」と笑って立ち上がる。 俺は首を巡らせて、何となく高野の姿を探した。彼女は女子の輪に入っていくところだった。その姿を目で追っていたら、彼女がこちらを見た。目が合ってしまって、どきっとした。慌てて視線をずらし、前を見る。

  高野はこちらを、というか大和を見ようとしたんだ、きっと。 何だか気まずくなってしまって、俺は奥歯を噛んだ。

「で、高野のお帰り会なんだけどさ」

 石橋が、楽しそうに話し出す。そう言えばそんなことを言っていたな、と思い出した。自分は関係ない、という顔をしておこう。石橋も、俺を誘ったことなんか忘れてるかもしれないし。

「ボーリング行ってカラオケかなー、って話になってんだけど、大和とオオサカはどう思う?」

 しっかりと俺も勘定に入っているようで、舌打ちが出そうになった。何でわざわざ休日を潰して、大和と高野のラブラブっぷりを見ながら孤独感に苛まれんといけないのか。 ……いや、違う。違う。そうじゃない。何を考えているんだ、俺は。

「それでいいんじゃないの」

 大和は答えてから、俺の方を見た。

「いっちゃん、行くの? お帰り会」

 何故そこで、俺に振る。返事に困っていると、石橋が、

「えっ、来るよなオオサカ! クラス全員来るんだぜ」

 と咳き込むような勢いで言ってきた。それを聞いて、俄然行きたくなくなった。クラス全員参加だなんて、めちゃくちゃ面倒くさいじゃないか。

「え、ああ……どうかなあ」

 俺は、曖昧な笑みを浮かべつつ首を傾げた。石橋が、「何だよ、来いよおー」と甲高い声をあげる。

「あれ、前田は来てくれないの?」

 いつの間にか側に高野が立っていて、俺は椅子ごと飛び上がりそうになってしまった。

「え、あ……いや、まだ未定っていうか」

 口の中でもごもごと呟くと、高野はニッと歯を見せて笑った。彼女は笑顔も凛々しかった。

「それじゃあ、来る、ってことに決めようよ。あたし、前田とも喋りたい」

 高野にそう言われて、俺はほとんど無意識に「うん」と頷いてしまっていた。しまった、と思うがもう遅い。なんということだろう。前回同様曖昧にはぐらかして、最終的には欠席するつもりだったのに。

「良かった。それじゃ、絶対ね」

 高野は嬉しそうに笑うが、俺は後悔でいっぱいだった。

 大和は何も言わずに、じっとこちらを見ていた。彼の表情が何か言いたげであったので、俺は少しイラッとした。イラッとすると、蝉の声が余計大きく聞こえて更に苛立ちが募る。くそ、黙れよ蝉野郎。



 その日から俺は、前以上に些細なことでイライラするようになってしまった。理由は何となく分かっているけれど、考えないよう努めた。 大和は相変わらず、俺にくっついてくる。俺が気を遣って、大和と高野が二人になれるよう大和から離れても、奴はこちらの気遣いなどお構いなしにくっついてくる。ふざけんなよこの野郎、と何度叫びそうになったか分からない。

「ねえ、大和。貸してたCD返してよ。ジャケット赤い方」

「おー分かった。そんなら取りに来てよ」

「何よそれ。借りてる身分なんだから、あんたが来なさいよ」

「ええー。だってお前んとこのおっちゃん、未だに俺が髪染めてること怒ってんだもん。顔合わせちゃったらめんどくさいじゃん」

 こんな会話を延々聞かなくてはならない、俺が非常に可哀想だ。話の内容はよく分からないが、こいつらの仲が良いことだけは分かる。尋常じゃない疎外感に、胸が締まる。  

  おかしい。俺がおかしい。転校生なのだから、クラスメイトの会話が分からないことなんて日常茶飯事だ。そりゃあ、転校してきたばかりの時は、話に入れないことがしんどかった時期もあったが、今はもう流石に慣れた……というか、分からないなら分からないでいいや、と思うようになったはずなのに。何でこんなに、腹の底がモヤモヤするのだろう。  

  また、たまに高野や大和が気を遣って、俺も会話に入れるようにフォローを入れてくれるのが、更にいたたまれない。情けなくも、空しい気持ちになってしまう。 折角話題をこちらに振ってくれても、程なくして俺はまた傍観者に回ってしまう。そうなるとまた疎外感。どんどん自分が嫌になる。 そんなことを延々と繰り返していた。

 大和と高野は、本当に良いコンビだった。周囲がお似合いだと言うのがよく分かる。大和は彼女といるとちょっと素っ気ない態度になるが、それはむしろ親しさの表われにしか見えなかった。

「なあ、お前の好きな子って、結局誰なん」

 大和と二人でいるときに、俺は聞いてみた。大和は一瞬びっくりしたような顔になったが、すぐに頬を緩めた。

「え、何なに、気になる?」

 俺は舌打ちをどうにか噛み殺した。

「気になるっていうか……、俺には教えるって言ったやん」

「いっちゃんは、好きな子出来た?」

 大和はニコニコと質問返しをしてくる。俺が聞いてんねんから、お前が答えろやと怒鳴りたくなった。

「……いや、特に」

「あ、何か今の間が気になる。ほんとにいないの?」

「は? おらんっちゅうねん」

「ほんとに?」

「しつこい」

 ちょっと、きつい口調になってしまった。俺は、やってしまったかも、と心臓を震わせた。いや、あれくらいならセーフ、か? 相手は大和だし。こいつなら、それくらいは流してくれる、かも。

「……いっちゃん、なんかやなことでもあった? 機嫌悪そうだけど……」

 静かな口調でそう言われて、どきりとした。

「ていうかここんとこ、ずっとそんな感じだよね。俺、何かしたかな」

 俺は奥歯を噛み締めた。こんな奴に見抜かれていること、自分がイライラを隠せていないこと、色んなことにどうしようもなく腹が立ってしまって、ついつい、

「何もないわ。つうかお前には関係ないやろ」

 と、吐き捨てるような口調で言ってしまった。我ながら、物凄く感じの悪い物言いだった。すぐに謝れば良かったのだろうけれど、自分で自分の言い様に驚いて、一瞬頭の中が真っ白になってしまい、何も言えなかった。 そのとき大和がどんな顔をしていたか、見ていない。見ることが出来なかった。ただ、ごく小さい声で「そう……」と呟いたのだけは聞こえた。

  俺は、自分がどうしようもなく嫌になった。自分が勝手にカリカリしているだけなのに、大和に当たるなんて最低だ。くそ!