■きみが涙を流すなら 07■
相原は今、リビングのソファで眠っている。
僕はというと、自室の部屋で悶々としている。なんて不毛な夜だろう。
当然のように、目が冴えて寝つけない。
壁一枚隔てたところで相原が寝ているのだから、しょうがない。
なんという責め苦。生き地獄、という言葉が頭をよぎった。今の状況は、正にそれだ。
僕は固く目を閉じて、気合と根性を振り絞って煩悩を追い払おうと試みた。
具体的に言うと、相原に自分の秘密がばれたら……とか、あまつさえそれで軽蔑されたら……などの、最悪の想像をすることによって気分を沈め、邪念や欲望を抑え込んだのだった。
我ながら、非建設的な方法だと思う。だけど、そうでもしないと収まりそうになかったのである。
当たり前だけど、相原は僕のそんな懊悩など全く知らず、居間でぐっすり眠りこけている訳だ。
畜生、羨ましい。
……あれっ。そういえば、この間、
「失恋を忘れるために、相原のことを好きだと思い込んでるだけ」
っていう結論に達したんじゃなかったっけ。
不意に、そんなことを思い出した。
そうだ。そのはずだったのに、僕は変わらず相原にドキドキし尽くしている。
結局何も変わっていない。
ああそうだ。僕は、認めないといけない。
つまり僕は、失恋を忘れるために相原を好きだと思い込んでるだけ、と思い込んでいたのだ。
ややこしい。だけど、それが本当のところだと思う。
出来ればこういう結論には達したくなかったけれど、僕は本当の本当に、相原のことが好きだ。
あーあ。
茨道アンド失恋決定だ。
何で僕ばっかりこういう目に合うんだろう。
ゲイは遊んでばっか、とかよく言われるけど、僕みたいに報われなくて不憫でいじらしいゲイもいるということを、世間は知るべきだ。
いや、やっぱ知らなくていい。
僕は頭を一度、強く振った。
自分でも、何を考えているのか分からなくなってきた。
相原は、兄貴と妹がいるのだと言っていた。
彼は、家ではどんな風なのだろう。
妹のことはうっとうしい、とか何とか言っていたけど、兄貴の方はどうなのだろう。
そういえば、相原は早く家を出たいんだっけ。
それは妹と不仲だから?
……いや、そんな理由じゃないよな、多分。
それに、妹は何度も相原の携帯に電話をしていたのだから、彼女は相原のことを嫌ってはいないはずだ。
誠くん、なんて呼んでたし。
誠くん。
うわ、なんかめっちゃ恥ずかしい。
僕が照れることなんて何もないだが、何故か無性に恥ずかしくなってきた。
別に自分が呼ぶわけじゃないのに、アホかおれは。
ああ、駄目だ。
相原のことを考えていたら、余計眠れない。
何か他のことを考えよう。
他のこと。他のこと。他のこと……。
小林の奥さんは、妊娠何ヶ月なんだろう。
…………。
「……アホや……。自ら地雷踏んだで、こいつ」
僕は、胸を押さえて丸くなった。
いくら思考を他にそらしたいと言っても、それはないだろう。
それは駄目だ。押し出し失点だ。フィルダースチョイスだ。
相原が好きだ好きだと言いつつ、今の一撃は効いた。
福留の満塁ホームランくらい効いた。
僕は愚かだ。本当に、愚かだ。
相原が好きなのも事実だし、今ので胸に激痛が走ったのも事実だ。
前の男は忘れられないし、惚れた男はノンケだし。
僕は一体、何をやっているのだろう。
結局、全くこれっぽっちも眠れなかった。
眠れるわけがない。眠れてたまるか。
相原は、起きているだろうか。
僕は、ベッドを降りた。
なんとなく、そのまま部屋をぐるぐる回る。
まだ寝ていたら、どうしよう。
いや、寝顔を見られるのは嬉しいことだけど、自制することが出来るだろうか。自信がない。
十五周回ったところで、酔った。
ここまで馬鹿だと、自分で自分がいとおしくなってくる。
そうしていても仕方がないので、僕は心を決めて部屋を出た。
ちょっとまだ、頭と目の奥がクラクラしている。
しかし、変に意識がはっきりしているよりも、それくらいでちょうどいいかもしれない。
「相原、おはよーう……」
「うす、おっはよ」
挨拶をしながら居間に入ると、すぐに相原の声が返ってきた。
彼は、昨日僕が貸したTシャツとスウェット姿で、ソファに腰掛けていた。
何や、起きてるやん。
ほっとしたけど、がっかりした。
「ああ、むっちゃ寝たわー」
相原は、満足そうに背伸びをした。
それは何よりだ。なんとなく、理不尽な気もするけれど。
いやいや、僕の分まで寝てくれたと思おう。
「……吉川、何か顔色悪くない?」
「え、そう?」
僕は、手の甲で頬をさすった。
一睡もしてない上に、部屋の中をぐるぐる回ったのだから、当たり前といえば当たり前だ。
しかしさすがにアホすぎて、そんなことはとても言えなかった。
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