■キリン耳とネコ耳の話 14■
『みんな元気にしてるかな。生徒会長の浅葱青磁だよ』
校内放送のスピーカーから、浅葱の声が聞こえてくる。
僕とメガネと水無月は、生徒会室の応接用の椅子に座って、ぼんやりとそれを聞いていた。
『今からみんなで、宝探しゲームをしようと思うんだ。
探す宝物は、白地に裸のナイスガイが描かれた香炉。
一番に見つけた人には、僕が一つだけ何でも願いをかなえてあげるよ』
僕は欠伸をした。
その向かいでは、メガネが水無月に出してもらったクッキーをもすもすと食べている。
なんというか、平和だ。
「あの、いいの? ベリショくんとメガネくんは探さなくて……」
水無月が、控え目な口調で尋ねてきた。僕とメガネは顔を見合わせた。
「別になあ。香炉がピコカンの手に渡れば、それでいいわけだし。他の人が探してくれるなら、楽チンラッキーオールオッケーだよな」
僕がそう言うと、メガネはクッキーを頬張りながら口を開いた。
「おれは参加すればいいと思うんだけどなあ。折角だから楽しもうぜ。おれ一人でも参加してこよっかな」
「お前がこういうことに関わると、ややこしくなりそうだから却下」
「えー。おれ、一番に香炉を見つけたら、アレもらいたいんだけどな」
そう言ってメガネが指差したのは、大理石のライオン像だった。
そんなものをもらって、どうしようというんだ。
――全校あげて、宝探し行事にしちゃえばいいんだよ、見つけた人にはご褒美をつけてさ。そうすれば手っ取り早く見つかるよ。
と、浅葱が言い出したのは、つい十分前のことだ。
そして今、早くもこんな放送がかかっている。この行動の早さに、少なからず感心してしまう。
「青磁って、昔からこういうことに関しては素早いんだ」
申し訳なさそうな口調とともに、水無月は深く息を吐いた。
「あの王子さんとは、昔からの知り合い?」
水無月が淹れてくれた紅茶をすすりながら、メガネが尋ねる。
「うん、家が隣なんだ。幼稚園からずっと一緒だよ」
ということは、彼らは幼馴染ってことか。
あんなのと十年以上も付き合っているなんて、色々と苦労も多かったに違いない。
「メイちゃんこそ、いいの? 願い事、かなえてもらえば?」
メガネがスピーカーを指差すと、水無月は苦笑いしながら首を横に振った。
「僕は別に……。青磁に叶えて欲しい願い事なんて、特にないし。……それより、縁結びの香炉なんて、本当にあるの?」
「さあ……。おれたちも、実際見たわけじゃないからよく分かんないんだよな」
水無月の問いに、僕は首を横に振った。
スピーカーからは、相変わらず浅葱の声が流れている。
『どんな願いでもOKかって? もちろんさ。
単位や内申の相談から、姫とデートしたいなんて願いでも何でもかなえちゃうよ』
浅葱の言葉が終わるか終わらない内に、どこからかワーッとかオーッとかいう歓声が聞こえた。
外にいる生徒たちが盛り上がっているらしい。
「えっ、えええっ!」
突然大声をあげて、姫こと水無月が勢い良く立ち上がった。
「なっ、何を勝手なこと言ってるんだよ、青磁!」
浅葱本人に聞こえるはずもないのに、水無月はスピーカーに向かって叫んだ。
「すごいな、そんなことがご褒美になっちゃうんだ」
メガネはそう言って、最後のクッキーを口に放り込んだ。こいつ、一人で全部食いやがった。
「冗談じゃない!」
水無月は両拳を握り締めた。その手が震えている。
「僕、青磁にちょっと一言言って来る!」
そう言って、彼は走って生徒会室を出て行った。僕は、姫も大変だなあと思いながら、その後ろ姿に手を振った。
さて、これからどうしよう。
はっきり言って暇である。
図書館で本でも読みたいけど、また嫌な場面に出くわしてはかなわない。
ここで昼寝でもしようか。
なんて呑気に考えていると、スピーカーから浅葱ではない、甲高い声が聞こえてきた。
『ベリショさん、メガネさん、聞いてますか?』
ピコカンの声だった。
反射的に、スピーカーに視線をやる。
いつの間にか姿が見えなくなったと思ったら、浅葱と一緒だったらしい。
『あなた方、ここの学校の生徒たちが香炉を探すっていうんで、のんびり構える気でしょう』
「よく分かってんじゃん」
僕は、紅茶を一口すすった。銘柄などは全く分からないが、柔らかな香りがする美味い茶だった。
『そうは問屋が卸しませんよ。ベリショさんとメガネさんが一番にBL香炉を探し出さないと、僕はあなた方を家に帰しませんからね!』
「はあっ? 何ふざけたこと言ってんだてめえ!」
『決めた決めたもう決めた! 何があってもこの決定は揺らぎません!』
僕の声が聞こえているかのようなタイミングで、ピコカンは返してきた。
『ということらしいんで、ベリショくんとメガネくんも頑張ってね』
浅葱の、意味もなくに艶っぽい声に戻る。
その後も彼は何かを言っていたが、僕の耳には全く入ってこなかった。
一番にBL香炉を見つけないと、元の世界に帰れない?
全校生徒……何人いるのか知らないが、千人以上はいるだろう……がライバルという状態で、一番に?
「……メガネ」
友人を見た。彼は紅茶を一気に呷り、「おうよ」と頷いた。
「おれたちもBL香炉を探しに行くぞ!」
「はは、がんばろうぜ」
メガネがへらへらと笑う。
くそっ、結局こうなるのか!
BL香炉を探すぜえっ、と勢いよく生徒会室を後にしたはいいが、どこを探せばいいのやら、見当もつかない。
「会長さんがどっかに持ち出したんなら、彼が行きそうなとこを探すべきだよな。
うーん、メイちゃんが行っちゃう前に、会長さんの行動範囲を聞いとくべきだったね」
メガネの言葉はもっともだ。
あの生徒会長やこの学校のことをよく知らない僕たちには、非常に不利なイベントである。
「あっ、ベリショくんにメガネくんだ」
前方から、当の浅葱が歩いてくるのが見えた。彼の後ろから、寄り添うように桜崎がついて来る。
「どう? 楽しそうな企画でしょう」
お気楽生徒会長は、誇らしげに両手を広げた。
「楽しそうっていうか、悪趣味だろ。水無月が、冗談じゃないって怒ってたぞ」
僕の言葉に、浅葱は心底楽しそうに笑った。
「別に、デートくらいしてやればいいじゃない、って思うんだけどね。減るわけでもないし。ほんと、メイって固いよね。まあ、そこが可愛いんだけどさ」
そこまで言って、浅葱はメガネに視線をやった。
「そうだ、メガネくん。もし僕が一番に香炉を見つけたら、僕と付き合ってくれる?」
「は?」
聞き返したのは、僕と桜崎だった。思わず、全力で顔をしかめてしまう。
「お、お前……。こいつのこと好きなんか?」
僕は、メガネの頭をつかんだ。 メガネが「あいたたた」とさして痛くもなさそうな声をあげる。このふざけたネコ耳に、一体何を言い出すんだろう、このジャージは。
「うん。だって面白いじゃない、メガネくんって。あ、それとも既にベリショくんと付き合っ」
「てない!」
そこは全力で否定した。
だから、僕たちの何処をどう見たらカップルに見えるっていうのだ。
「それじゃあ、問題ないじゃない。メガネくん、ぼくが一番に香炉を見つけたら、付き合ってね」
「おう、いいよ」
メガネは、あっさり答えた。教科書貸して、とでも言われたかのような軽い返事だ。
「お、お、おまえ、なあ…!」
言いたいことは山ほどあるはずなのに、喉につっかえて言葉が出て来ない。
しかしこの状況には、なんとしてでもツッコミを入れなくては。
助けを求めるように桜崎を見た。しかし彼は、表情を強張らせてピクリとも動かない。
駄目だ、硬直してしまっている。
僕は、気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
一回、二回、三回……。
なんとか鼓動をおさめて、メガネの顔を見る。
「お前、自分が何を言ってんのか、分かってんのかよ」
「分かってるよ。おれ、自分にハンデつけんの好きなんだよね。RPGを低レベルでクリアするとか、燃えない?」
「一番に香炉を見つけなかったら、家に帰れないっていう、どでかいハンデが既に付いてるだろうが!」
「まあまあ、いいじゃん。これで、必死に探す気になるっしょ?」
「あはは、やっぱりメガネくんは面白いなあ!」
浅葱とメガネは、楽しそうに笑い合っている。
眩暈がひどくなる。本当に、こいつらは何を考えているんだろう。正気の沙汰とは思えない。
「会長、本気でおっしゃっているのですか」
凛とした声が響いた。桜崎が、ようやく復活したらしい。
「僕はいつでも本気だよ」
「やめて下さい!」
桜崎は、声を荒げた。頬が、わずかに上気している。
「あんた、こいつの男なんだろう。何とかしろよ!」
桜崎は勢いよくメガネを指差しながら、僕を睨みつけてきた。
いつの間にか、敬語が消えている。
「だから、男じゃないって言ってんだろ!」
僕も、声を張り上げた。この世界には、人の話を聞かない奴が多すぎる。
「やめてえ、おれのために争わないでえ」
メガネの芝居がかった口調が嬉しそうに割り込んできて、僕と桜崎は
「お前は黙ってろ!」
と、ほぼ同時に怒鳴った。
「まあまあ、雅もベリショくんも、僕より先に香炉を見付ければ済む話なんだから」
今度は、浅葱が間に入って来た。
全ての元凶に、窘められるいわれはない。いや、元凶はピコカンか?
桜崎は僕とメガネを順に睨みつけ、刺のある声で「失礼します」と吐き捨てて、足早に去って行った。
「やれやれ、雅はいつもああなんだから。でも、あの子も笑うと可愛いんだよ」
桜崎の後ろ姿を眺め、浅葱は含み笑いをした。このジャージ男は、常に楽しそうである。
「お前な、無闇に事態をかき回すのは、やめてくれよ……」
「人聞きが悪いな。僕はいつだって、本気だって言ってるじゃないか」
浅葱はやはり、楽しくて仕方が無いというような顔をしている。
その笑顔の裏で、一体何を考えているのか、僕には全く分からない。
「ていうか、浅葱も参加するっておかしくないか? 香炉、お前が持ち出したんだろ」
僕の精一杯の睨みを彼は難なく受け流し、人差し指を唇の端に当てて微笑んだ。
「だって、何処にその香炉があるのか、僕にも分かんないんだもん」
「それにしたって、お前に有利なことには変わらないだろ!」
そう言うと、浅葱は少し考えるような表情をした。
首を傾けると、長い前髪がパサリと横に流れ、整いすぎなくらい整った鼻筋が、露になる。
「それじゃあ、ヒントをあげる」
ヒントと聞いて、僕は身体を乗り出した。
なんせ手がかりが全くない状態だ。どんな些細なことでも、聞いておかなくては。
「その一、僕のクラスは二年E組。すなわち、これ以外の学級には香炉はない。
二年E組はこの校舎の裏にある、白い建物の中にあるよ。
その二、僕は部活はしていない。すなわち、部室棟にも香炉はない。
ただ、僕がどこかに香炉を置きっぱなしにしてて、誰かがそれを持ち去ったっていう可能性もあるから、一概には言えないけどね」
「……重要なのかそうでないのか、微妙なヒントだな」
正直、期待はずれだった。もっと核心に迫る、ヒントがもらえると思っていたのに。
しかし、多少ではあるが候補が絞れるのは有難い。
「それじゃあ、二人とも頑張ってね。僕も、負けないから」
浅葱は一方的にそんなことを言って、さっさと歩いて行ってしまった。
その際、メガネに流し目をくれるのを忘れなかった。抜け目ない男だ。
次 戻
|