■近くの星 01■


 竹谷は、三郎と雷蔵が好きだ。なんせ見ていて飽きない。ふたりの性格の緩急が面白い。たまに本気で見分けがつかなくなるところも面白い。間違えると、三郎は喜ぶ。雷蔵は怒る。それも面白い。

 片や天才、鉢屋三郎。片や優秀だけど迷い癖のある、不破雷蔵。双子でもないのに同じ顔をした、五年の名物コンビだ。周囲は彼らを常に一括りで考える。そして三郎の個性が余りにも強すぎて、雷蔵は彼と比較されることも多かった。不破は鉢屋と比べて地味だ云々平凡だ云々。

 そういった陰口は、どうやっても本人の耳に入るものだ。しかし雷蔵は何も言わない。いつも笑顔で三郎の側にいる。竹谷は雷蔵のそういうところも好きだが、たまに腑に落ちなくなる。

 なので竹谷は、三郎と比較されて嫌だと思ったことはないのか、と雷蔵に問うてみたことがある。すると雷蔵は困ったように笑っていた。多分、肯定と否定の狭間で迷っていたのだと思う。だから竹谷はそれ以上は追求しなかった。彼らの中でも色々あるのだろう。

  三郎と雷蔵のそういう複雑怪奇で面倒くさそうなところも、竹谷は好きだった。





「えーでは、本日の五年生合同演習は、ペア対抗オリエンテーリングを行う」

 い組の実技担当である木下先生が、裏山に集合した五年生たちにそう告げた。竹谷は肩を回しながら、その声を聞いていた。

「雷蔵、一着取るぞ」

 三郎が楽しそうに、雷蔵の肩をつついた。雷蔵も「うん」と笑顔を返す。いつもの光景である。

「ハチは、今回は誰と組むの?」

 雷蔵は、すぐ側に立っていた竹谷に声をかけた。

「うーん、どうしよっかなあ」

 竹谷は腕を組み、辺りをきょろきょろと見回した。三郎と雷蔵のように毎回組む相手が決まっている者もいれば、竹谷のようにその都度組む相手を変える者もいる。今回、竹谷はまだ相棒が決まっていなかった。

  相手を探して視線を巡らせていると、木下先生が大股でこちらに向かって歩いてくるのが見えた。相変わらず顔がいかつくて怖い。竹谷はこっそり目をそらした。しかし木下先生が、何故ろ組の集合場所に向かって来るのだろう。

「鉢屋」

 木下先生は、三郎に呼びかけた。雷蔵と談笑していた三郎は、顔を持ち上げる。

「はい、何でしょう」

「お前は、い組の生徒と組め」

「は?」

 突然の指示に、三郎は素っ頓狂な声を上げた。雷蔵は、ぱちぱちと目を瞬かせている。近くで聞いていた竹谷も驚いた。

「い組は昨日の石火矢演習で負傷者が出ていて、人数が足りない」

 木下先生の説明に竹谷は、ああそういえば兵助がそんなことを言っていたな、と思った。

 三郎は「えええ」と不服そうな声をあげ、眉をひそめる。

「わたしはもう、不破と組んでいるんですが」

「いいや、い組に回ってくれ」

「どうしてですか。まだ誰とも組んでいない奴なんてゴロゴロいるんだから、そいつがい組に行けば良いじゃないですか。例えばあいつとか」

 そう言って、三郎が真っ直ぐに竹谷を指さしたので、竹谷はぎょっとしてしまった。いくら雷蔵と組みたいからといって、いきなりこちらに話を振らないで欲しい。

 木下先生は一瞬だけ竹谷に視線をくれたが、すぐまた三郎たちの方に向き直った。

「そういう訳だから、不破は他の者と組むように」

 先生は三郎の言葉は無視して、雷蔵にそう告げた。三郎は更に顔をしかめる。

「え……あ、はあ……」

 雷蔵は戸惑った様子で、生返事をした。木下先生はひとつ頷き、「それじゃあ、鉢屋はこっちだ」と有無を言わせぬ口調で言い、三郎の手を引いて半ば彼を引きずるようにして歩き出した。

「ちょ……ちょっと……! だからおれは雷蔵と……。雷蔵、きみも何か言えよ!」

「あ、ええと、ええと」

 雷蔵は迷うように視線をうろつかせたが、やがてにこりと笑顔になった。

「うん、まあ、先生がおっしゃることだし」

 い組で頑張ってね、と続けて雷蔵は手を振った。

「ら、雷蔵!」

 三郎は目を見開く。その様子がおかしくて、竹谷は声をあげて笑った。

「まあいいじゃん、たまには。頑張れよー三郎」

 名物コンビ解消に、周囲がざわつく。竹谷は何だか楽しくなった。いつも一緒にいるこの二人が、それぞれ別の人間と組むのも面白そうじゃないか。そうだ雷蔵の相手が空くのならば、と竹谷は雷蔵の肩を叩いた。

「そんじゃあさ雷蔵、おれと組もうよ」

「あっ、ハチ、てめえ!」

 木下先生に引きずられながら、三郎は無理矢理首をこちらに向けてがなり立てる。

「うん、よろしくね」

 雷蔵は笑顔で右手を差し出してきた。竹谷は、その手をしっかりと握る。

「雷蔵ォオ!」

 三郎の悲鳴は、長く尾を引いてその場に響いた。