■ライ・クア・バード 24■
衝撃が大きすぎて、顔を上げることが出来なかった。三郎と目を合わせられない。とにかくぼくの脳はぐちゃぐちゃだった。
三郎がぼくを好きだということは、昨日、告白された段階ですぐに理解した。しかしそれは頭での理解であって、心では全く理解しちゃいなかったのだ。それが今、来た。いっぺんに。ドワッと。道のど真ん中で急に、である。
三郎がぼくを好きってことはつまりええと、彼がぼくの持ち物や髪型を真似したりお菓子を作ってくれたりご飯を作ってくれたり、そういうのは全部ぜんぶ伏線だったって訳で、そういえば三郎はよくぼくのことを見ているなとか思ったりもしたけれど、それもつまり、そういう、いわゆるひとつの、
……いや、そもそもぼくは告白されて24時間以上たった今になって、何故そんなことを考えているのだろう。今更過ぎる。鈍いとか天然とかそういう次元ですらない。ぼくは自分の間抜けさにも打ちのめされていた。恥ずかしい。だってこんなの、完全にただの馬鹿だ。三郎も、ぼくにドン引きしているんじゃないだろうか。呆れてしまったかも。告白を撤回されたらどうしよう。
……告白を撤回されたらどうしよう?
あれ、そんな風に考えるってことは、ぼくはつまり。
つまり?
……そうやって頭の中がワーッとなっている真っ最中に、三郎がこう言ったのだ。
「きみのことが好きです。おれと付き合って下さい」
刺さった。
その言葉が刺さった。ぼくの胸に、深々と。それはもう抜けなかった。多分、何をやっても一生抜けやしないのだ。だからぼくは答えた。
「……はい……」
直後、物凄い勢いで肩を掴まれた。一瞬、三郎が怒っているのかと思って反射的に顔を上げてしまった。そうしたら、三郎とまともに目が合った。彼はとても真剣な顔をしていた。顔が更に熱くなる。三郎はぼくの肩にかけた手に力を込め、大きな声で言った。
「雷蔵、今、はいって言った!?」
「い、言ったよ!」
三郎の迫力に押されて、ぼくも勢いよく答えた。
「もう駄目だからね! やっぱ無し、って後で言っても聞かないからね!」
「い……言わないよ!」
「本当に!?」
「本当に!!」
最終的に、ぼくたちはほとんど怒鳴るみたいにして言い合っていた。このテンションは一体何だろう。まったく訳が分からない。とりあえず、三郎の触れている部分がカッカしてきたことは分かる。熱いのは三郎の手なのか、ぼくの肩なのか。もしくは両方だろうか。
「雷蔵!」
三郎は突然、ぼくに抱きついてきた。身体がぴったりと密着する。口から心臓が飛び出すかと思った。どうしよう。こういうときはどうすれば良いのだろう。というか、思いっきり道の真ん中なのだけど、これは大丈夫なのだろうか。大丈夫じゃない気がする。やんわり注意した方が良いだろうか。ああまたドキドキしてきた。内蔵が暴れる。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
「……夢みたいだ」
とても小さな声で、三郎が呟くのが聞こえた。この上なく幸せそうな響きだった。 それを聞いたら、うっかりぼくも幸せになってしまった。確かに夢みたいだ。本当に。
……それからしばらくして、ぼくも三郎も腹が減ったという話になり、コンビニでそれぞれ肉まんを買った。のんびり歩きながら、ふたりで肉まんをもぐもぐ食べる。食べながら、ぼくはとても大事なことに気が付いた。
「八左ヱ門には、なんて言おうか……」
ふやけた肉まんの皮をかじりながら、ぼくはぽつりと言った。よく考えたら、というか、よく考えなくてもぼくも三郎も男だ。それも今まで八左ヱ門と三人で仲良くやっていた。もっと言うと、八左ヱ門はぼくのことを小学生の頃から知っているのだ。ぼくと三郎がこんな関係になったと知ったら、八左ヱ門はどんな顔をするだろう。
「あいつはこういうの、受け入れられるタイプなの?」
肉まんを口元に持って行った格好のまま、三郎は言った。ぼくは考える。
「うーん、拒絶はしないだろうけど、ショックは受けるんじゃないかなあ……でも、黙っていられる方が嫌だと思う」
「じゃあ、サクッと言っちゃう? 明日とか」
三郎は何気ない調子で言って、肉まんを頬張った。ぼくはその言葉に驚いて 「あ、明日っ?」と聞き返した。それはあまりにも、急すぎやしないだろうか。
「あれ、駄目だった?」
三郎は何とも思っていないようだった。いやいや駄目だろ、とぼくは心の中でツッコむ。 いや、でも、早い方が良いのだろうか。ズルズルと打ち明けるタイミングを失っていつまでも言えないまま……なんてことになるよりは、彼の言うようにサクッと、ズバッと、八左ヱ門に話した方が上手く行くかもしれない。いやいや、やっぱり明日いきなり、というのは……いやでも……だけど……。
ぼくはまた迷ってしまった。多分、八左ヱ門は物凄く驚くだろうし、もしかしたら最初は引くかもしれないけれど、何だかんだで受け入れてくれるに違いないのだ。彼はそういう男だ。つまり最高に良い奴なのである。
「……八左ヱ門にいつ言うかは、もうちょっと考えよう」
結局、ぼくは決断出来なかった。三郎は微笑んで「うん、分かった」と頷いた。その笑顔に、ほんの少しだけどきりとした。
やがて左右の分かれ道にさしかかった。ぼくは右、三郎は左にゆくのが帰り道だ。ぼくは左を指さして、 「三郎そっちだよね」と言った。三郎は少し間を空けてから、「うん」と答えた。
「また明日、学校でね、雷蔵」
「うん、学校で」
「メールもするから」
「うん」
「じゃあ」
ぼくたちは手を振り合って、それぞれの帰路についた。……が、別れて十歩目で携帯が鳴った。確認したら、三郎からのメールだった。
『大好き』
たった一言。ただし文末にハートマークが十個くらい付いていた。確かにメールするとは言ったけれど、早すぎる。ぼくは噴き出してしまった。後ろを振り返ると、分かれ道のところで三郎が立ち止まって、にこにこ笑っていた。
携帯を操作して、三郎に返信する。
『ぼくも』
恥ずかしいので、絵文字はつけなかった。送信ボタンを押して何秒か後に、三郎が携帯を見る。彼は目を細めて、くすぐったそうな顔をした。
三郎は携帯をポケットにしまって、こちらに向かって軽い足取りで歩いてくる。ぼくは黙ってそれを見ていた。ちょうど十歩で、ぼくの前に三郎が立つ。
彼はぼくの手をきゅっと握って、顔を近づけてきた。くちびるが触れ合う。
ぼくは、キスってこんななんだ、と思うのと同時に、夢見心地っていうのは多分こういうことを言うのだろうな、なんて考えていた。
……こうして、ぼくたちは付き合うことになった。後から考えたらもうちょっとどうにかならなかったのかな、という感じの始まりだけど、ぼくたちは、こんなので良いのだ。
多分。
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