■ライ・クア・バード 22■
後から振り返ってみれば、あれはぼくの人生で一番の大事件だった。
たまに八左ヱ門などから「雷蔵って結構天然入ってるよな」と指摘されることのあるぼくだけれども、三郎に告白されたのだということは理解出来た。そこはボケなかった。大丈夫だ。三郎が多分、物凄くテンパっているだろうことも分かった。
ぼくはとても落ち着いていた。いっそ不自然なくらい心が静かだった。もしかしたら、三郎から「自分の顔が分からない」と言われたときよりもずっとずっと冷静かもしれない。
あのときは、前日に三郎の不可解な行動を見ていたから驚かなかった……という背景があったわけだが、今回の告白はいきなりである。普通なら三郎以上にテンパって取り乱してもおかしくない。
だけどぼくは、彼の「好きです」という言葉をごく自然に飲み込んでいた。実はずっと前からぼくは彼の気持ちを知っていたんじゃないか……という気すらする。それくらいすんなりと、三郎の思いを把握することが出来たのである。
ぼくは三郎を見た。ぼくの手を握り締めてうつむく彼の耳たぶは夕陽のせいなのか何なのか真っ赤で、ぼくは無性にその耳たぶをつまみたくなった。だけどこれだけ三郎が緊張しているのだから、そんなことをしては可哀想だな……と思ったのでやめておいた。そんなことを考える余裕すら、あったのである。
「……ぼくのことが好きって言った?」
聞き間違えだったら間抜けなので、今一度確認しておくことにした。彼は頷く。
「……言った」
「じゃあ、ぼくら付き合うの?」
重ねて問うと、三郎はちらりと一瞬だけ顔を上げた。しかしすぐにまた、うつむいてしまう。表情を読み取る隙が無かった。
「……きっ、きみが、良いって言うなら」
そうかぼくが良いって言ったら、ぼくと三郎は付き合うことになるのか、と納得した。
……しかし、付き合うってどんなだ。ぼくは今まで見事なまでにもてなくて、そういった機会が全く無かったから、ぼやぼやとしたイメージしか掴めなかった。
付き合う。例えばメールしたり? ……いやメールくらいいつもやっている。それじゃあ、一緒にご飯を食べる。一緒に帰る。
……あれ、全部もうやっていることだ。そういうのじゃなく、もっとこう……何か……。
「デートしたり?」
やっとその単語を思いついたので、口にしてみた。すると三郎は、消え入りそうな声でこう答える。
「きみが……っ、良いって、言うなら……」
炎のようだった三郎の手は、どんどん冷たくなってゆく。ぼくは何だかそれが気の毒で、彼の手のひらをさすってやりたくなった。だけど、相変わらずめいっぱいの力で握り締められているので、出来なかった。
こんなに冷えて大丈夫かなあ……と思うと同時に、ぼくの頭にひとつの考えが降りてきた。
「じゃあ三郎、映画行こう」
「えっ?」
三郎の顔が、ぱっと上がる。耳たぶと頬が赤いのはそのままだったけれど、何やらぽかんとした表情だった。
「映画行こうよ」
聞こえなかったかな、ともう一度繰り返したら、三郎は目を瞬かせた。しかし返事は返ってこない。ぼくは続ける。
「見たいのがあるんだ」
「…………」
「あれっ、やだった?」
「まさか!」
三郎は、首を激しく横に振った。風が起こりそうな勢いで、ぼくは少し笑った。
とにかく、決まった。ぼくたちは今週の日曜日に、ふたりで映画を見に行くことになった。楽しみだなあ、と高揚する気分の傍らで、何か忘れているような……という気持ちが持ち上がりかけたが、それはすぐに引っ込んでしまったのだった。
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