■ノバディノウズ 02■


「よう竹谷」

 翌日、ふらふらと登校したら、教室で声をかけられた。鉢屋三郎だった。昨日、夢の世界では進路をこじ開けたらしい鉢屋くんである。何の進路なのか知らないが。

「よーす……」

 おれは、溜め息をつきながら返事をした。すると、三郎が怪訝そうに首を傾げる。

「何だ、テンション低いな。失恋?」

 三郎は、どうでもよさそうに尋ねてきた。おれはきちんと答える気力などなく、「ちげえよ……」と一言だけ返した。すると、いつもにこにこ顔の不破雷蔵が、おれたちの元にやって来た。

「三郎、竹谷、おはよう!」

 昨日、夢の世界では三郎と共に大活躍だったらしい不破くんは、朗らかに手を振った。彼の顔を見た瞬間、三郎のテンションがあからさまに上がる。

「あっ雷蔵、おはよう!」

 三郎は歓声みたいな声をあげた。こいつは、いつもこんな調子である。雷蔵が一番。髪型も服装も携帯も、とかく雷蔵と同じでないと気が済まないらしい。正直異様である。あまりに異様すぎて、誰もツッコめない程だ。ガチの香りしかしないので、みんな怖くて仕方が無いのだ。

 ……夢の中でもそうだ。夢では、三郎は雷蔵の変装をしている。彼らは全てが同じだった。こうやって、現実と夢が微妙にリンクしているのも厄介なのである。もっと荒唐無稽な設定なら、ただの夢だと笑い飛ばせるのに。

「……雷蔵、きみ、前髪切った?」

 ふと、三郎がそんなことを言い出した。雷蔵は「え?」と目を瞬かせたが、やがて思い出したのか、ぽんと手を打った。

「あ、うん。切った切った。伸びてきてたから」

 すると三郎は、ええええっ、とこの世の終わりのような声を漏らした。

「それなら言ってよ! おれも切らなきゃ! ねー誰か、ハサミ持ってないハサミ!」

 どう考えても病気な友人は、心底焦った様子で、近くにいた女子の集団に声を掛けた。そうしてひとりの女子から、ハサミを借り受ける。彼は机にスタンドミラーを置き、いそいそと前髪を切る準備を始めた。

 雷蔵が髪の毛を切ったから、三郎も切る。つねに彼らは同じである。あまりに三郎が雷蔵に近付こうとするから、最近では顔までそっくりになってきたような気がする。

 三郎がそんな風に雷蔵と同じにしたがるのは、彼らにも前世の記憶があるからなのでは……。

 なんてことを考えかけて、おれは死にそうになった。だから前世とか、そういう中二発想はいかんというのに。

「……三郎さあ」

 おれは、ぽつりと彼に話しかけた。慎重に、ハサミを前髪に入れようとしていた三郎は、うざったそうに顔を持ち上げた。

「何だよ、今、緻密な作業をしてるんだから話しかけんな」

「あのさ、何でそんな、雷蔵と同じにしたがんの」

 思い切って、おれは訊いてみた。その答えを聞けば、夢の謎も解けるんじゃないかという気がしたのだった。何の根拠も無いけれど。

「さーわかんね」

 あっさりと、三郎は答えた。おれは少しどきりとした。分からない。分からないって、どういうことだろう。

「自分のことなのに、分かんねえの?」

「おう。何というか、魂が欲してる」

「ごめん、すげえ気持ち悪い」

 しれっと答える三郎が、ちょっと本気で気持ち悪かった。どうして雷蔵は、こんな奴のつきまといを許しているのだろう。いや、きっと、彼はつきまとわれているとは思っていないのだ。なんせ雷蔵は寛容すぎるほどに寛容である。

「運命以上の何かだな」

 そう言う三郎の顔は大まじめである。なんて鬱陶しい男だろう。おれは心から、こう言った。

「うっぜえー」

 しかし三郎は堪えない。おれの言葉なんて、完全にスルーである。どうやら、いらんスイッチを押してしまったようだ。

「前世で何かあったとしか思えないんだよな。きっとおれたちは、生まれる前からずっと一緒だったんだよ」

 続いた三郎の言葉に、おれの心臓は大きく跳ねた。前世、とか、そういう言葉をなんのてらいもなく口にするのは止めて欲しい。折角おれが、表に出さないようにと細心の注意を払っているのに!

 ……それとも何か、もしかしてこいつも、おれと同じような夢を見ていたりするんだろうか。あの夢を。それで彼も、あの忍者な夢が自分の前世だと思い、雷蔵につきまとい……もとい、共に行動しているのだろうか。まるで、あの夢をなぞるみたいにして。

 どくどくと、凄い勢いで心臓が駆けている。背中を、嫌な汗が流れた。おれは唾を呑み込んだ。何だか、手まで震えてきた。どうしよう。三郎が同じ夢を見ていたら、どうしよう。

「ねえ、雷蔵もそう思わない?」

 三郎は嬉しそうに、雷蔵の方を見た。それを聞いて、雷蔵がぱっと顔を上げる。

「えっごめん、何? マガジン読んでた」

 どうも静かだと思ったら、雷蔵は誰かから回ってきた週刊少年マガジンを読んでいたらしい。何処か夢見がちだった三郎の表情が、一気に落胆に変わる。おれは少し、彼が気の毒になった。

「……おれは、そんなきみも好きだよ」

 溜め息混じりに三郎は言った。しかし雷蔵はそれも聞いていないようで、

「沢村、早く登板しないかなあ」

 と呟きつつ、また誌面に目を戻すのだった。どうやら彼は、「ダイヤのA」を読んでいるようだ。そして、三郎の前世トークよりも、主人公の登板機会が気になるらしい。可哀想な三郎。しかし、雷蔵がこれだけマイペースだからこそ、彼らは上手くやっているのかもしれない。夢の中でもそうだった。

 ……駄目だ。どうしても、夢と現実を繋げて考えてしまう。おれの中二病は末期なのかもしれない。

 しかしおれは、雷蔵には軽やかにスルーされた三郎の前世トークが気になった。

  正直おれは、自分ひとりであの夢を抱えるのが辛かった。中二病がどうのこうの言う以前に、忍者の生活というのは非常に過酷で、夢を見ている間、身体を休めているという実感が全く無いのだった。それにやはり、悩みを誰にも言えないというのは、きつい。胃が日に日に重くなっていく。だからもし、三郎がおれと同じような夢を見ているのなら、共有したい。共感したい。

  そんな思いが、唐突に胸を突き上げたのだった。



   

ダイヤのA面白いですよ。アニメ化激しく希望。