■饅頭と首板と苺とぼくたち 前編■
「食堂のおばちゃんが、饅頭くれたよー。みんなで食べよう!」
竹谷の部屋でごろごろしていた八左ヱ門、兵助、三郎の三人は、饅頭と茶を運んで来た雷蔵を歓迎した。
「皿を使わず、直接盆に饅頭を載せるところが雷蔵らしいな」
読んでいた本から顔を上げ、兵助が笑う。
「だって、後で洗うの面倒じゃないか」
「まあ何でもいいじゃん! 饅頭饅頭!」
寝転んでいた八左ヱ門は、勢いよく身体を起こした。雷蔵はにこにこして、盆に載せられた饅頭と菓子を床に置く。
「いっただきまーす!」
彼らは笑顔で一斉に、饅頭に手を伸ばした。が、その直後、兵助が目を見開いて「うわっ!」と声をあげた。
「ら、雷蔵、これ首板じゃないか!」
木の盆だと思っていたものは、合戦場で生首を置くための首板であった。雷蔵は目をぱちぱちさせて、「あれ、そう?」と首を傾げた。
「しかも、使用済みだ」
三郎は饅頭を持ち上げて、その下の黒い染みを指先で突いた。血痕である。あまりの生々しさに、兵助が「うわあ……」と呟いて眉を寄せた。
「えええっ! おいおい、ひとくち食っちゃったよ!」
八左ヱ門は泣きそうな顔で、己の喉を指さした。その手には、半分ほど減った饅頭が握られている。ひとくちで半分食ってしまったらしい。そんな彼を見て、兵助は両手を合わせて頭を下げた。
「怨念の染みついた饅頭を食ってしまったわけだな。ご愁傷様」
「今日の夢が楽しみだなあ、ハチ。絶対何か出て来るぞ」
「おい、やめろって!」
淡々と述べる兵助と、にやにやしながら楽しそうに言う三郎に、八左ヱ門は叫んだ。それから彼は雷蔵の方を向き、「雷蔵、お前なあ!」と大声を出した。
「ち、違うんだよ。食堂でお盆を探してたら、日向先生と松千代先生がにこにこして『これを使いなさい』って」
「それで首板ってお前!」
「先生方は忍者のしすぎで頭おかしくなってるからなあ」
兵助は首を横に振って、湯呑みを手に取った。白い湯気がふわんと上がり、彼の顔を霞ませる。
「雷蔵が持って来てくれたものなら、おれは何でも食うけどな」
そう言って一度は置いた饅頭に再び手を伸ばそうとする三郎を、雷蔵は困った顔で押しとどめた。
「え、いいよ、やめなよ三郎。持ってきておいて何だけど、やっぱり不気味だよ」
「おれ、食っちゃった……」
「ご、ごめんてば、ハチ。大丈夫だよ、夢になんて出て来ないよ」
雷蔵は慌てて謝りながら、落ち込む八左ヱ門の背中をさすった。手の中で饅頭を弄び、三郎は息をつく。
「まあでも確かに、うちの先生たちってみんなどっかおかしいよな」
「だけどぼくらも、忍びの道を極めていったらそうなるんじゃない?」
「ええー、あんな風になっちゃうのかなあ」
それは嫌かも、と八左ヱ門は顔をしかめた。
「おい、入るぞ」
そんな声とともに、突然、障子が開かれた。四人は同時にそちらを見る。やって来たのは、六年生の食満留三郎であった。
「あ、食満先輩こんにちは。饅頭食います?」
満面の笑顔で、三郎は手の中の饅頭を食満に差し出した。八左ヱ門がぷっと吹き出し、雷蔵が「よしなって」と三郎の腕を掴む。しかし食満は饅頭には一瞥すらくれず「いらん」と一蹴し、八左ヱ門に視線を向けた。
「生物委員。曲者が出た。犬を連れて来てくれ」
「あっ、はいっ」
曲者と聞いて、八左ヱ門は表情を引き締めて素早く立ち上がった。残りの三人は、「曲者?」と顔を見合わせる。
「先輩、わたしたちも行って良いですか」
勢いよく挙手する三郎に、食満は「ああ、助かる」と頷きを返した。
四人は、ぞろぞろと部屋を出た。食満を先頭に、八左ヱ門、三郎、雷蔵、兵助の順にその後に続く。
「暇だったから、丁度良かった」
口笛を吹いてそんなことを言う三郎に、雷蔵は顔をしかめた。
「三郎、不謹慎だよ」
たしなめられて、三郎は肩をすくめる。
一同は長屋を出て、生物委員の飼育小屋に向けて走った。知らぬ間に、学園は厳戒態勢に入っていた。警戒に当たる上級生や教師たちがせわしなく行き交い、ものものしい雰囲気だ。
「それで、曲者の特徴は?」
走りながら、最後尾から兵助が声を張り上げた。すると、食満から短い返事が返ってきた。
「左足が千切れかけている」
実に簡潔な答えであった。八左ヱ門は「そいつは、追跡が楽で助かりますね」と、破顔した。
「詳しいことは、おれもよくは知らん。文次郎と小平太が自主練中に不審な人物を発見し、一戦交えたと聞いた」
「それで、左足を千切りかけたわけですね。さすが先輩方」
「取り逃がしちゃ、意味ねえけどな」
食満は低く、憮然とした口調で吐き捨てるように言った。日頃から何かと対立している潮江文次郎に、先を越されたのが悔しいのかもしれない。その気配を感じ取った三郎と雷蔵は、視線を絡ませてほんの少し笑った。
「あ、誰かこっちに来る」
八左ヱ門が声をあげた。彼の言う通り、前方より慌てた様子で走って来る人影が見える。近付くにつれ、それは四年生の田村三木ヱ門であると分かった。三木ヱ門は顔を強張らせていたが、食満たちに気が付くとほっとしたように僅かに表情を緩めた。
「食満先輩!」
三木ヱ門は手を振って食満を呼ぶ。食満が立ち止まったので、あとの四人もそれにならった。
「どうした、田村」
三木ヱ門は数度咳き込み、走って来た方角を指さした。
「あちらで、所属不明の忍者の死体を、斉藤タカ丸さんが見付けて……」
「そいつは、左足に傷があったか?」
「はい、かなり酷い傷が」
「分かった。お前は誰か先生に知らせてくれ」
「はい!」
三木ヱ門は半分裏返った声で言い、足をもつれさせながら走って行った。
「よし、おれたちは死体の場所に向かうぞ」
振り返って言う食満に、四人はそれぞれ「はいっ」と歯切れの良い返事を返した。
「何だ、忍犬の出番はなかったな」
飼育小屋の鍵をくるくる回し、竹谷が残念そうに小声で呟いた。
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