■忍者ごっこ 02■
「で、だ。どういう風に攻める?」
雷蔵、竹谷、久々知の三人は、顔を突き合わせてしゃがみ込み、作戦会議を開いていた。
「三郎のことだから、色んな人物に変装しつつ移動するよな。雷蔵は、三郎の変装を完璧に見抜けるか?」
竹谷にそう振られて、雷蔵は顎に手を当てて考えた。
「うーん、大抵分かるけど……。でも、ぱっと見では無理だよ。まじまじ見ないと。兵助は?」
「正解率三割、ってとこかなあ。ハチは?」
「おれは、よっぽど調子が良くないと分かんねえ」
竹谷はてへっと、はにかんだように笑った。が、すぐに表情を引き締める。
「とにかく、闇雲に探しても駄目だ。敵の行き先をある程度予測して張り込むか、敵が飛びつきそうな餌をおとりにして、おびき寄せるか」
「三郎が飛びつきそうな餌って?」
雷蔵が尋ねると、竹谷は「うーん、そうだなあ……」と腕組みをした。その隣で、久々知が小さく挙手し、こう発言した。
「一年は組とかじゃないか? 三郎、は組に絡むの好きじゃん」
「おっ、兵助、それ良い考えじゃん」
「い……いや、確かに三郎はあの子ら好きだけど! それは駄目だって!」
不穏な方向に話を進めようとする二人を、雷蔵は慌てて止めた。ごっこ遊びとはいえ、一年生を巻き込むのは危険だ。
「じょ、冗談だって。そんな本気になるなよ」
竹谷が笑って手を振る。久々知が「それじゃ」と言って、雷蔵と竹谷の顔を順に見た。
「地道に張り込むしかないか」
「だよな。そんじゃ食堂は? 夕飯の時刻になったら、絶対来るじゃん」
「でも、食堂で暴れたら、おばちゃんが……」
雷蔵はそこまで言って、言葉を切った。脳裏に、食堂を、ひいては忍術学園全体を取り仕切っていると言っても過言ではない、食堂のおばちゃんの姿が浮かんだ。この学園において彼女を怒らせることは、死を意味する。
「……そうだよなあ」
みなまで言わずとも雷蔵の発言の意図を汲み取ったらしく、竹谷と久々知がほぼ同時に溜め息をついた。
「あのさ、ぼく、今ふと思ったんだけど」
「何だ、雷蔵」
「裏をかいて、すぐ近くにいるかも。それで、ぼくたちの反応を見て楽しんでる、とか」
雷蔵の言葉に、ふたりは目を瞬かせた。
「ほう」
「なるほど」
「ありそうだな」
「でしょ? だからきっと近くに……うん?」
言いかけて、雷蔵は途中で首をかしげた。彼の言葉に返事をしたのは、竹谷と久々知のふたりのはずだ。なのに何だか今、相槌がひとつ多くなかったか?
雷蔵は慌てて、首をめぐらせた。すると、竹谷と久々知の間で、三郎がごく自然にしゃがんでいた。雷蔵と目が合うと、「よう」と言って笑顔で手を挙げる。
「ちょ……三郎!?」
雷蔵は声を裏返す。そこで初めて竹谷と久々知も三郎の存在に気付いたようで、「うわ!?」と驚いて立ち上がった。
「うっわ、びっくりした! すんごい普通に混ざってたから、全く気が付かなかった!」
「ハチ、雷蔵、驚いてる場合かよ! つかまえないと!」
久々知は懐に手を入れて縄を取り出したが、それよりも早く三郎は地面を蹴り上げ、側に生えていた木の枝に飛び乗った。
「何だよお前ら、三人がかりかよ! ひっきょうだぞ!」
三郎が非難めいた声をあげる。が、その顔は笑っていた。
「忍者の世界に、卑怯も蜂の巣もねえんですー!」
幼い子どもが啖呵を切るときのような口調で、竹谷が言い返す。「そうだそうだ」と、久々知も真面目な顔で頷いた。ちょっと乗りすぎなんじゃ……。と雷蔵は苦笑したくなったが、随分と楽しそうなので何も言わないでおいた。
「まあ、別に何人でも良いんだけど。でも、雷蔵」
三郎は目を細めて、雷蔵を見た。何やら意味深な視線に、思わず身構える。そして三郎は、思いもよらぬことを口にした。
「人数が増えて、最終的に困るのは雷蔵だよ」
「えっ?」
人数が増えて困るのは、ぼく? 雷蔵は眉をひそめた。全く意味が分からない。その言葉には何か裏があるのか、それとも……。
「ああもう、雷蔵! ここで悩むな!」
竹谷が雷蔵の背中を叩き、それではっと我に返った。またいつもの悪い癖が出てしまった。目の前に、捕らえるべき標的がいるのだ。判断は一瞬。即座に行動。それが忍務における原則だ。
雷蔵は雑念を振り払い、懐から手裏剣を取り出して素早い動作でそれを投げた。三郎は枝から跳び退き、手裏剣が木の幹に突き刺さる。
「兵助!」
「分かってる!」
雷蔵が声をかけるよりも早く、久々知は三郎との距離を詰めていた。三郎が地面に着地するとほぼ同時に、軸足を払う。
「う、お!」
不意を突かれた三郎は一瞬だけ地面に伏せたが、ばねのように身体をしならせ、すぐさま起き上がった。追撃しようとしていた久々知の手刀が、空を切る。三郎はその隙に身体を反転させ、久々知の腕を掴んで足を払い、ぐるりと投げ飛ばした。
そこに雷蔵が飛び込み、三郎の顎をめがけて上段蹴りを繰り出した。三郎は身体をそらしてそれをかわしたが、不自然な体勢であった為、若干足元がぶれた。立ち上がった久々知がそこに目敏く気付き、三郎に飛び掛かる。
「なーんて、ね!」
三郎はにやりと笑い、しっかりと足を踏ん張った。演技か、と久々知が目を見開く。
三郎は足を振り上げ、久々知の右脇を狙う。 久々知は歯を食いしばった。肘を立てて脇を締め、三郎の蹴りを防御する。
「あっれー。兵助はいっつも、右脇が甘いのに」
蹴りを止められた三郎は、意外そうに目をぱちぱちさせた。 「おれも毎日頑張ってますから」と、久々知は得意そうに笑った。しかし直後にはその笑顔を引っ込め、三郎に向かって行った。雷蔵も、そこに加わる。
絶え間なく繰り返される雷蔵と久々知の攻撃を受け止め、流している内に、次第に三郎の息が上がってきた。
「……っ、やっぱ、二人相手はキツい、な!」
三郎は唇を舐めた。そして身を低くしてふたりの攻撃を同時にかわし、その隙に一旦距離を取ろうと地面を蹴った。
「ハチ!」
雷蔵と久々知の声が重なる。三郎は、ハッとした表情になった。
「おっしゃ、このときを待ってたぜ!」
三人が戦っている隙に、三郎の背後に迫っていた竹谷が白い歯を見せて笑う。
「げっ、しま……っ!」
「覚悟!」
竹谷は、手を振り上げた。が、そのとき。
「竹谷先輩ーッ!」
場に立ちこめた緊張感を容赦なく突き破る叫び声が響き、竹谷の腰元に何者かが体当たりした。
「うあえっ!」
竹谷の口から意味不明の声が飛び出し、何者かと共に、転がるようにして地面に倒れ込んだ。
「何だよ、折角いいとこだったのに! ……って、うん? 孫兵?」
彼に飛びついて来たのは、三年生の伊賀崎孫兵であった。彼は元々白い顔を更に白くして、わなわなと震えながら竹谷の忍装束を握りしめた。
「な、何だ。どうしたんだ孫兵」
「せ、先輩! じゅんこが、じゅんこが!」
孫兵は、泣きそうな声で叫ぶ。よく見ると、いつも彼の首に巻き付いている蛇の姿がない。まさか、と竹谷は表情を歪めた。
「まさか、じゅんこが家出したのか!」
「はい、そうなんです……っ! 午後の授業までは一緒だったのに! じゅ、じゅんこ……! じゅんこおお!」
「お、おい、泣くな孫兵。すぐ生物委員に集合をかけて、みんなで探してやるから」
そう言って、竹谷は地面に伏して泣き叫ぶ孫兵の肩を叩いた。それから、呆然とした面持ちで彼らの姿を見つめる雷蔵と久々知を振り仰ぐ。
「ごめん! そういう訳だから、おれちょっと抜けるわ!」
「え、ああ、うん」
「が、頑張れ、よ?」
申し訳なさそうに両手を合わせる竹谷に、雷蔵と久々知は力の抜けた声で頷いた。
「じゅんこが見つかったら、また合流するからなー!」
と言い置いて、竹谷は孫兵と共に行ってしまった。
残されたふたりは何となくぼんやりと、小さくなっていく竹谷たちの後ろ姿を見つめていた。が、やがて雷蔵が我に返った。
「さ、三郎はっ?」
その声に久々知も目が覚めたような顔つきになり、慌てて周りを見回した。しかし、三郎の姿は何処にも見当たらない。
「しまった、逃げられた……!」
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