※チョコレート戦争の続きにあたります。
※三郎はバレンタインに、雷蔵に手作りチョコを渡しています。(チョコレート戦争の後書き参照)
※2010年3月14日は日曜日ですが、ここでは平日という設定で書いています。パラレル暦。
■つよいこビスコ■
もうすぐ春休みだ!
……と、その日のぼくはそれしか考えていなかった。春休みは、仲の良い友人たちと色々と計画を立てている。ディズニーランドに行こうだとか、お花見に出掛けようだとか、一晩ぶっ通しでジブリのDVDを見ようだとか。春休みは、とかく楽しいことでいっぱいなのである。
ぼくはそれらで頭がいっぱいになっていて、今日が一体何の日なのか、まるで分かっちゃいなかった。
そのときぼくは教室で、三郎とふたり雑談をしていた。生物の授業が如何に眠いかとか、現国の先生は何故ああも噛みまくるのかとか、そういう実のないことをだらだらと喋っていたのである。
で、なんとなく小腹が空いたので、おやつでも食べようと思ってぼくは鞄の中からビスコを取り出した。ぺりぺりと紙箱の封を切り、銀の小袋をつまみ上げて三郎に差し出す。
「三郎、ビスコ食べる?」
その瞬間、三郎の頬がふあっと紅色に染まったのを、ぼくは見た。
「えっ……、お、おれにっ?」
何故か声が上擦っている。ぼくは意味が分からなかった。友人同士でおやつを分け合うなんて普通のことだし、ぼくが彼にこうやってお菓子をあげるのは初めてでも何でもない。普段だったら彼も、軽く礼を言って何気なく受け取るのに。
「三郎、ビスコ嫌いだっけ?」
そう言うと、三郎はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「ううん! きみがくれるものなら、何だって好きだよ!」
どうして彼はいちいちこうも大袈裟なのだろうと思うけれど、ビスコが嫌いでないのなら良かった。じゃあぼくもビスコを食べようと、箱の中に手を突っ込んだところで三郎に「ら、雷蔵っ」と呼ばれる。見ると、三郎は先程よりももっと赤くなっていた。
「これって、ホワイトデーのお返しだよねっ!?」
目をきらっきらさせて三郎が言うので、ぼくは思わず口を開けた。
ホワイトデー。
ホワイトデー?
ああそうか、今日は三月十四日か!
ぼくはようやく、そのことを思い出した。それと同時に、本日がバレンタインのお返しをする日であることも。自分がバレンタインと縁遠いものだから、すっかり忘れていた。
……いや、待てよ。何かが引っ掛かる。ホワイトデー。バレンタイン。ええと、何だろう。ええと、ええと……。
あっ
「……うん、そうそう! ホワイトデーのお返しだよ!」
全力で焦りつつ、ぼくは言った。
そうだ。そうだった。今年のバレンタインは、三郎からチョコを貰ったのだった。手作りの、物凄く美味しいチョコレートケーキだった。あんまり美味しいから、ひとりであっという間に食べてしまった。そうか、ぼくは今日、三郎にお返しをしなくてはならなかったのか!
忘れてたなんて言えないから、咄嗟にビスコがお返しだということにしてしまったが、あんな立派なケーキをもらっておいて、こんな市販の安いビスケットをひょいっとあげるなんて、あんまりだろうか。流石に、怒られるかも?
ぼくは、恐る恐る三郎の顔を見た。彼を唇を震わせて、ビスコの小袋を胸に抱きしめていた。
「あっ、ありがとう! 大事に食べる!」
どうやら杞憂のようだった。彼は、これ以上の幸せは無いとでも言うように、既製品の菓子に熱い視線を注いでいる。
「そ……そう?」
「うん! 大事に、大事に食べるよ!」
「そう……」
「うん!!」
「……三郎、これ全部あげる」
あまりにもいたたまれないので、ぼくは手に持っていたビスコの箱を三郎の前に出した。すると彼は「ええっ!」と大仰な驚き声をあげた。
「い……っ、いいのっ!?」
「うん、良いよ良いよ。もらって」
本当に、本当に申し訳なくて、ぼくはビスコの箱を三郎の胸に半ば無理矢理押しつけた。
「有難う、雷蔵!!」
ぼくの罪悪感を知ってか知らずか、三郎は大喜びである。百均で買ったビスコなのに。これで良かったのだろうかと思う。改めて、何かきちんとしたお返しをすべきなのではないか、と。
しかし予想外に喜んでくれたので、これはこれで良い気もする。いやでも流石に、手作りケーキのお返しが百円菓子(しかも中途半端に開封済み)というのはどうなんだろう。いやでも……ああだけど……。
「雷蔵ー、ジャンプ読むかー?」
窓際から竹谷に声をかけられて、ぼくはハッと我に返った。ジャンプ。そうだ。今週のワンピースがどうなっているのか、ずっと気になっていたのだった。早く見ないと!
「読む!!」
ぼくは勢いよく答えた。それと同時に、ビスコのことはスルッと忘れてしまったのだった。
おしまい!
これは、バレンタイン拍手お礼のときに「雷蔵はホワイトデーもすっかり忘れていそう」というコメントを頂き、そのお言葉へのレス時にちらっと書いたネタを折角なんで小説にしました。
着想のきっかけになったコメントを下さった方、有難うございましたー!!
何かもう三郎が可哀想すぎる感じになってしまいましたが、別にアレですよ、三郎よりワンピースが大事って訳じゃないんですよ雷蔵も!
これはたまたま、ってだけですよ! いやほんと!
でも三郎は、ビスコでもなんでも、雷蔵からもらえるんだったら何でも嬉しいですよね。いちず!
みんなが幸せになれたらいいね!!
戻
|