竹谷くんは男前じゃなきゃやだ! って人は読まない方が良いかも。
■チョコレート戦争■
「もうすぐバレンタインだな」
弁当箱の蓋を開けながら、やおらに竹谷は言った。弁当の中に唐揚げが入っているのが見えて、若干テンションが上がる。
二時間目が終わったあとの休み時間である。正午まで男子高校生の腹が保つはずもなく、彼と三郎、雷蔵の三人は早弁に勤しんでいたのだった。
「そうだな」
「だねえ」
雷蔵はアンパン、三郎はカロリーメイトの封を切りながらめいめい頷いた。
ときは二月の第一週。中旬に待ち構えているあのイベントに向け、男女共に何処となく浮つき始める時期である。竹谷とて例外ではない。これまでバレンタインには辛酸をなめ尽くしてきた彼ではあるが、その日が近くなるとどうしてもそわそわしてしまうのである。浮かれてしまうのである。お菓子の本を広げてキャッキャとはしゃぐ女子たちを、あーやだやだ騒ぎやがって女どもめ、みたいな素振りを見せつつもそちらをさりげなく窺う。そんな日々を送っていた。
「おれ、今年はいける気がする」
竹谷は弾んだ声で言って、玉子焼きに箸を突き立てた。三郎が、「ほう」と目を細める。まったく信用していない顔であった。
「名前知らねえけど、一組の、鞄にリラックマとコリラックマつけてる女子、最近すげー目ェ合うの。絶対あれおれのこと好きだって。絶対チョコくれるって」
雷蔵は頷きながら聞いてくれたが、三郎の方は「はっ」と鼻で笑い飛ばした。チーズ味のカロリーメイトを咀嚼しながら、竹谷に向かってひらひらと手を振る。
「はいはい、勘違い勘違い」
それを聞いて、竹谷はむっとして顔をしかめる。
「何だとてめえ、当日おれが本命チョコを貰ったらどうしてくれんだよ」
「目からピーナッツでも食ってやるよ」
「言ったなこの野郎。絶対やってもらうからな」
今時のび太とジャイアンでもやらないような言い合いをしていると、「まあまあ」と雷蔵が間に入って来た。それから彼は、気を取り直すように話題を変えた。
「三郎は、中学のときとかどうだった? バレンタイン。沢山もらったんじゃない?」
あっ余計なことを聞きやがって、と竹谷は思った。鉢屋三郎は、性格こそ少々……というかだいぶ変わってはいるが、成績優秀だし運動神経も抜群である。雷蔵の言うとおり中学時代、もしかしたらこの男はもてていたかもしれない。その自慢が始まってしまったら、鬱陶しいことこの上ないではないか。下手したら、竹谷の心が折れてしまうかもしれない。
しかし三郎から返って来た答えは、意外にも「全然」というものだった。
「そもそも、おれ、あんまり学校行ってなかったしなあ」
バレンタインも学校行ってたかどうか、と続けてパックの野菜ジュースをすする。
「そうなの? 高校に入ってからは一回も休んだことないのに」
目をぱちぱちさせる雷蔵に、三郎はふっと微笑んでみせた。
「だってそれは、きみがいるから」
「真面目になったんだねえ」
渾身の決め顔も決め科白も、雷蔵にかかれば一瞬でスルーである。しかも彼は天然でやっているのだから、非常にたちが悪い。がっくりと肩を落とす三郎に、竹谷は心の中で「ざまあ見ろ」と呟いた。
「雷蔵も中学のときは、おれと一緒で全然だったよなー」
竹谷は、雷蔵の肩をぽんぽんと叩いた。食べ終わったアンパンの袋を手の中で潰し、雷蔵は朗らかに笑った。
「そうそう。基本は家族だけ」
「……いやでも雷蔵、今年、きみは本命チョコをもらえるよ」
三郎はめげずにきりりとした表情を作り、そんなことを言い出した。竹谷は、うぜえ、と口に出して呟いた。どうやらこの男は、雷蔵にチョコレートを用意するつもりらしい。こいつのことだからTPOも何も配慮せず教室で堂々と渡すに違いない。皆が見ている目の前で。そのときに流れるであろう教室の空気を思い、竹谷は泣きたくなった。
しかし三郎のそんな思惑にも気付かない雷蔵は「えっほんと?」と、目を輝かせた。
「本当だとも」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんと」
「それじゃあ、小柄で黒髪で笑顔が可愛い女の子に貰えると良いなあ」
それまで笑顔だった三郎の顔が、その言葉で一気に「!?」という表情になった。竹谷は声を上げて笑った。
「あっははは、それ良い! 良いよ雷蔵。さいこうさいこう、お前最高」
「え、何? 何が?」
「雷蔵……、おれは負けないよ……!」
「えっごめん、何で? ぼく、何か変なこと言った? 言ってないよね?」
机をばんばん叩いて大笑いする竹谷と、拳を握り唇を噛み締める三郎。その間で、雷蔵はおろおろとするばかりであった。
オチってなあに? それおいしいの?
……ええと、竹谷はふつうにもらえません。
三郎は「小柄でも黒髪でも、笑顔が可愛い女の子でもないけど!」と言って、ふたりのときに手作りチョコを渡します。
雷蔵は「へー最近って、男同士でも友チョコってやるんだねーありがとー」と軽く言って受け取ります。
また「!?」となる三郎。
みんなが幸せになれると良いね!
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