■雷蔵が二、三人■
「さあ、雷蔵はどちらでしょうか!」
にこにこした同じ顔がふたつ並んで、同時にそんなことを言い出した。
「めんどくせえー」
一番最初に反応したのは、熊手を持った竹谷八左ヱ門だった。彼の隣で落ち葉を籠に集めていた兵助も、まったく同じ気持ちだった。彼らは通りすがりの七松小平太に、学園長先生の庵周辺の掃除を押しつけられており、正直、この名物コンビの戯れに付き合っている暇など無いのである。
「三郎だけならまだしも、雷蔵まで一緒になるなんて珍しい」
兵助たちと共に暴君の横暴に巻き込まれた勘右衛門が、箒を片手に首をかしげた。するとふたりは、「まあ、たまには良いじゃないか」と同時に口にした。あまりにきれいに声が重なったので、いっそ気持ちが悪かった。
「見たら分かると思うけど、おれたち忙しいんだよ。そういうのは、一年生にでもやってやれ」
八左ヱ門は呆れ顔でそう言って、地面に降り積もった色とりどりの落葉をかき集める作業に戻ろうとした。
「当たったら、食券ひとり五枚進呈!」
同じ顔のどちらかが高らかに宣言したので、兵助たち三人は一斉に視線を彼らの方に戻した。
「えっ、なっ!?」
食券五枚。食べ盛りの十代にとってそれは、金銀にも勝る至宝である。三人の目の色が途端に変わった。彼らの遊びに付き合うなんて面倒だと思っていたが、食券が絡むのなら話は別だ。
「回答権は、三人で一回ね」
右側に立つ彼が、にこやかに告げる。兵助は、その仕草や立ち居振る舞いが物凄く雷蔵っぽいと思ったが、断定するには早すぎる。なんせどちらかは、忍術学園いちの変装名人、鉢屋三郎なのである。
「よし、真剣に考えるぞ、お前ら」
八左ヱ門は熊手を放り出し、兵助と勘右衛門の肩に腕を回した。三人で顔を寄せ合い、作戦会議の始まりである。
「回答は一回限りだ。慎重にいこうぜ」
「でもさ、八左ヱ門は同じ組なんだし、どっちが雷蔵か分かるんじゃないの?」
八左ヱ門を指さし、勘右衛門はそう言った。すると、八左ヱ門はううん、と唸って顔をしかめる。
「普通にしてたら分かるけどさ……。でも、今みたいに三郎が本気で雷蔵の真似をしてたら、全然分かんねえよ」
兵助は軽く顔を持ち上げて、ふたりの姿を改めて見やった。鏡に写したような同じ顔である。しかも両方穏やかに微笑んでいて、どちらがどちらなのか全く分からない。じっと見ていると、酔いそうだと思った。
「質問するのって、有り? 昨日は何を食いましたか、とか」
勘右衛門の質問には、「無し!」という短い答えが返ってきた。
「ええー、厳しくねえ?」
八左ヱ門が不平の声をあげる。確かに厳しい。そうなると、完全に見た目だけで判断しなくてはならない。
「その分、賞品が豪華だから」
「それに、三人がかりだしね」
ふたりは顔を見合わせて、かるく笑い声をあげた。相変わらず、息が合いすぎていて怖い。
「どうしよう、全然分かんない」
勘右衛門は、悔しそうに眉を寄せた。八左ヱ門が、瓜二つな彼らを交互に眺めながら、うう、とか、むう、とか妙な声をあげる。
「……待て、何かがおかしい」
この場に漂う違和感に気付いた兵助は、八左ヱ門と勘右衛門の袖をぐいと引いた。ふたりが、ほぼ同時にこちらを振り返る。
「何が?」
勘右衛門はきょとんとしていた。兵助は、人差し指を立ててこう言った。
「自信満々過ぎやしないか」
「自信があるんだろう」
すぐに、八左ヱ門が言い返してくる。兵助は、ゆっくりと首を横に振った。
「だけど、雷蔵がどちらかを当てるんだろう? 山勘で答えても二分の一の確率だ。なのに、あれだけ堂々としているのはおかしい」
「はったりじゃないの」
「そうかもしれない。だけど、五分五分の勝負で食券五枚なんて賞品を提示するのも、変だ。あいつらにとって条件が不利すぎる」
「それはまあ、確かに……」
「つまり何が言いたいんだ、兵助」
じれったそうに、八左ヱ門は拳を振った。兵助は口元に手を当て、どちらがどちらだか全く分からない、紛らわしいふたり組に視線を向ける。彼らは相変わらず、にこにこと楽しそうに微笑んでいた。
「つまり、このふたりは……」
兵助が鋭い口調で、真実を言い当てようとしたそのときであった。
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