■雷蔵が二、三人 後編■


「あれ、こんなところでみんな集まって、何してるの?」

 何処までも長閑な声が、場に割り込んできた。それは、兵助たちがよく知っている声だった。その人物を見て、八左ヱ門と勘右衛門が悲鳴をあげた。

「うわっ! 三人目の雷蔵!」

 現われたのは、不破雷蔵……というか、不破雷蔵の顔をした第三の人物であった。その三人目は、この状況を見て目を丸くした。

「うわっ! 三郎がふたりいる!」

 ああなるほど、雷蔵視点で見るとそうなるのか、と思った。兵助たちには雷蔵が三人いるように見えるが、雷蔵には三郎がふたりいるように見えるわけだ。しかし、ずばりと追求しようと思ったのに、何だか変な間が空いてしまった。兵助は、ひとつ咳払いをした。

「……いや、うん、だからな、おれが言いかったのは……、お前らはどちらも、雷蔵ではない!」

 兵助は、まっすぐに手を伸ばして最初から居たふたりを指さした。八左ヱ門と勘右衛門が、ええっと声をあげる。三人目の雷蔵は、 「え、なに、何、何の話?」と戸惑った様子を見せた。

 全く同じ顔かたちの一人目と二人目は、

「ばれたねえ」

「ばれましたねえ」

 と、くすくす笑った。八左ヱ門が、ふたたび、ええっと叫んだ。

「えっ、そんじゃ、お前が雷蔵?」

 咳き込むように言って、八左ヱ門は最後に現われた三人目の肩を勢いよく掴む。三人目の雷蔵は、目を白黒させた。

「え、う、うん。ぼくが雷蔵だけれども」

 三人目の……否、本物の不破雷蔵は八左ヱ門の気迫に圧されつつも、答えた。

「うっわ、何だよそれ! 卑怯じゃん!」

 今度は、勘右衛門が悲鳴をあげる。どちらが雷蔵なのか当ててみろと言いつつ、どちらも雷蔵でないのなら自信満々にもなるわけだ。兵助は呆れてしまったが、同時に三郎らしいとも思った。

「いやあ、まさかここで、雷蔵が現われるとは」

「流石に予想外だった」

 などと言いながら、偽物の雷蔵ふたりは実に楽しそうであった。

「ていうか……それじゃあ、三郎ともうひとりは、誰だ……?」

 勘右衛門が、恐る恐るといったふうに切り出した。それは、兵助も気になっていた。三郎のくだらない戯れに付き合うなんて、何処の誰だろう。

「雷蔵、どっちが三郎か分かる?」

 兵助が尋ねると、「右でしょう?」とすぐさま返って来た。勘右衛門が感心して手を叩く。

「おお、流石、即答だ」

「すごい! 流石! 雷蔵、好き!」

 右に立っていた偽雷蔵……もとい、鉢屋三郎は両手を広げ嬌声をあげた。非常に鬱陶しかった。八左ヱ門も兵助と同じ気持ちだったらしく、はしゃぐ変装名人を 「三郎、うるさい」というひとことの元に切り捨てた。

「え、そんじゃ、左は?」

 勘右衛門の質問に、雷蔵はしばし悩むようなしぐさを見せたが、やがて首を横に振った。

「いや、それは分かんない……。先輩のどなたか?」

「立花先輩とか?」

「あの人は、こんなことに付き合わないだろう」

「じゃあ誰だ? 七松先輩はさっき会ったから違うし、潮江先輩……は、予算会議前だからそれどころじゃないだろうし」

 兵助たち四人は、顔を寄せ合ってひそひそと囁き合った。しかし全く分からない。見当も付かなかった。謎の人物による雷蔵の変装は見事なもので、最上級生である六年生か、そうでなければ教員の仕業であるとしか思えなかった。しかし先輩ならまだしも、先生方が鉢屋三郎のくだらないおふざけに付き合うとは思えない。いや、もしかしたらこれは、そういう抜き打ち試験なのかも。三郎は学級委員長だから、彼と協力して出題する……なんてことも、有り得ない話ではない。

 兵助はあれこれ悩んだ。他の三人も同様であった。まるで全員、雷蔵になったみたいだと思った。

「じゃあ、そろそろ種明かしをしようか」

 謎の人物がそう言ったので、兵助たちは勢いよく顔を上げてそちらを見た。

「しちゃいますか」

 三郎が、楽しくて仕方が無い、という風に笑う。謎の人物は顔を伏せ、懐から取り出した手ぬぐいで顔をごしごしと拭き取った。それを、兵助たちは固唾を呑んで見守った。一体、その変装の下からはどんな顔が出て来るのか。

「ふう」

 息を吐き出し、その人物が顔を上げた。きりりとした眉と目元が印象的な、端正な顔立ちの青年であった。

「り、利吉さんっ!?」

 兵助たち四人の声が重なる。雷蔵に変装していたのは、山田利吉だったのだ。 そういえば彼も変装名人である。しかしまさか、学外の人間が、それもこの人が噛んでいるとは思いもよらなかった。意外すぎる結末である。

「はは、どうも」

 利吉は爽やかに笑って、手を挙げた。細密な歯がまぶしかった。兵助は口をぽかんと開けた。あまりのことに、言葉が出て来ない。

「な、な、何やってるんですか利吉さん!」

 声を引っ繰り返して八左ヱ門が叫ぶ。利吉は微笑み、紫紺の頭巾を解いてかもじを取り外した。

「まあ、たまには遊んでみるのも良いかなと思って」

「え、でも、雷蔵の変装、ものすごく上手かった……仕草とかも……。そんな、一朝一夕で出来るもんじゃ無いと思うんですが……」

 若干緊張したように、勘右衛門が利吉に話しかけた。それに答えたのは、利吉ではなく三郎だった。

「はっはっはっは、一ヶ月前から利吉さんに声をかけて、雷蔵の変装を仕込ませて頂きました」

 彼はそう言って、誇らしげに胸を張った。兵助たち四人は、目を見開いて唖然とする。三郎が、利吉さんに雷蔵の変装を仕込んだ? 一ヶ月も前から? このために?

「お前、売れっ子忍者さんに何させてんの!?」

 八左ヱ門が怒鳴る。全くもってその通りだと思った。山田先生のご子息に、何をさせているのか。しかし三郎は、自分が悪いことをしたなどという意識はこれぽっちも無いようで、

「いやあ、流石利吉さんは吸収がお早くていらっしゃった」

 などと言って笑っていた。

「お前、馬鹿だろ! 正真正銘の大馬鹿だろ!」

 何かを考える前に、兵助は叫んでいた。本当に、鉢屋三郎は大馬鹿野郎だ。こんなしょうもない遊びのために、多忙を極める売れっ子忍者を抱き込むなんて正気の沙汰じゃない。

「いやいや、なかなか楽しかったよ」

 利吉も笑っている。兵助は、それも信じられなかった。この話を彼に持ちかける三郎も三郎だが、受ける利吉も大概である。一ヶ月もかけて、普段はほとんど顔を合わせることもない忍たまの変装をほぼ完璧に習得して、何になると言うのだろう。その時間を使って、もっとやることがあるだろうに。

 すっかり言葉を失っていると、ばたばたという慌ただしい足音と共に、

「あっ、利吉さん、こんな所にいた! 入門票にサインして下さい!」

 という声が飛び込んできた。事務員の小松田である。入門票を掲げ、真剣な表情でこちらに向かって走って来る。

「おっと、見つかった。それじゃあ、わたしは行くよ」

 利吉は軽く肩をすくめ、悪戯っぽく微笑んでみせた。

「利吉さん、また遊んで下さいね」

 三郎がそんなことを言いながら、利吉に向かって手を振る。利吉は片目を瞑り、 「ああ、気が向いたらね」と言った。そんな仕草も様になっていた。流石男前、と的外れな感想が兵助の頭に落ちてきた。

「利吉さん! 入門票にサイン!」

 息を切らした小松田がこちらに辿り着く前に、利吉は煙のように消えた。何処にも姿は見えないし、気配も全く感じられない。何だか兵助は、狐につままれた気分であった。今のは一体何だったのだろう、と思う。

「いやあ、面白かった!」

 達成感に満ちあふれた顔で三郎が大きく伸びをした。そんな彼の頭を、雷蔵がぺしりと叩いた。兵助も、それに倣って三郎の後頭部を打った。兵助と勘右衛門も、次々叩いた。三郎は楽しそうに笑っていた。



おしまい!



天才+エリートって最強タッグよね、と思ったら居ても立っても居られなくて……。
利吉さんは割とお茶目なところもあるので、たまに上級生とも遊んでくれると良いなあ 。
あと、仲良し五年はやっぱ楽しいなあ、という話!