| ■花は桜木 男は鉢屋■
 
 己を殺し任に生きる忍びを育成するのが忍術学園とはいえ、生徒たちはまだ若い。ゆえに血気盛んな者も多い。武術大会で優勝し、これまで一度も負け無しの鉢屋三郎に挑戦してやろう、その鼻っ柱をへし折ってやろうと考える者が出て来るのは当然の流れである。
 
 だからわたしは、突然見ず知らずの上級生やら下級生やらに勝負を挑まれることに慣れていた。ふしぎなことに、同級生は誰ひとりとして吹っ掛けてこない。わたしの性質をよく理解しているからだろうか。
 
 休み時間や放課後や委員会活動中など、こちらの都合を考えずに現われるのは鬱陶しいが、忍者らしく奇襲をかけてくる者はほとんどおらず、大多数は正面から挑んでくるのが可愛らしいなと思う。こういうのを、若さと呼ぶのだろうか。
 
 正々堂々と挑まれたのだから、こちらも真っ向から迎え撃つ……ことはほとんどなく、大抵は適当におちょくって終了である。しんべヱやら伝子さんやら稗田八方斎やらに顔をころころ変えていたら、大抵は相手の方が戦意喪失して勝手に去ってゆくのが常であった。
 
 「たまには、勝負してあげればいいのに」
 
 今日もひとり追い払ったところで、一緒にいた不破雷蔵がぽつりと呟いた。その顔には、同情の念が滲んでいる。
 
 「だって、面倒くさいじゃないか」
 
 それにきみと過ごす時間がすくなくなる、と付け加えると、雷蔵はあきれた様子で肩をすくめた。
 
 「……まあ、全員と戦っていたらきりがない、というのは分かるけど」
 
 「人気者はつらいよね」
 
 「お前と勘違いされて、果たし状を突きつけられる身にもなってみろよ」
 
 本当に困るんだぞ、と雷蔵は眉を寄せる。確かにそれは災難である。しかし身に覚えのない果たし状を差し出され、困惑する雷蔵はさぞ可愛かろうと思う。想像するだけで幸福になれそうだ。
 
 「まあまあ、それより早く食堂に行こう。きみ、注文するものはもう決まったかい」
 
 「……それが、まだ迷っているんだ」
 
 雷蔵は腕を組み、うんうん唸り始めた。それを見てわたしはしぜんと笑顔になる。可愛い雷蔵。愛すべき日常である。
 
 食堂に向かう途中で、背後に誰かの気配を感じた。身を隠しつつ、こちらの動向を窺っているようだった。
 
 おっと、珍しく奇襲派がきたか。
 
 そう思ったが、面倒なので放っておくことにした。とりあえず、雷蔵に危害が及ばないように注意しておこう。
 
 「焼き魚定食かなあ、親子丼かなあ……」
 
 雷蔵はまだ迷っている。ああ、ほんとうに可愛い。
 
 そのとき、背後の人物が動いた。わたしは素早く振り返りつつ、巻き込まないようにと雷蔵を突き飛ばした。苦無を振りかざし襲いかかってきたのは、顔は知らないが四年生の生徒であった。彼はわたしがこちらを向いたことに一瞬怯んだが、引っ込みがつかずに得物を振り下ろしてきた。
 
 「鉢屋先輩、お覚悟!」
 
 まあ、その動きの遅いこと。苦無についた細かな傷まで見えるようだった。わたしは、ひらりと身をかわした。相手の身体が泳ぐ。その足を引っ掛けて、思い切り転ばせてやった。
 
 「隙あり!」
 
 そうしたら今度は、傍らのしげみから別の四年が飛び出してきた。どうやら最初のこいつは囮だったらしい。なるほど、ほんの少しだけ意表を突かれた。ほんの少しだけれど。
 
 わたしはここで、ひとつ悪戯を思い付いた。
 
 こやつの苦無を、まともに受けたふりをしてやろう。わたしは大抵、懐の中にさまざまな変装道具や悪戯道具を携えていて、今日も丁度、血糊を持っている。これを派手にぶちまけて、死んだふりをするのだ。そうすれば、こいつらはさぞ驚くだろう。よし、それでいこう。
 
 瞬時に計画を練ったわたしは、さりげなく懐に手を入れた。こいつがぶつかってくるのと同時に、血糊の袋を破るのである。
 
 ふたりめの動きも遅かった。わたしは機会を誤らぬよう、慎重に彼の攻撃を見定めた。
 
 しかしこのとき、予想外の出来事が起こったのだった。
 
 彼の苦無は、わたしの身体まで到達しなかった。それよりも早く、雷蔵がわたしに向かって来る苦無の刀身を、思い切り引っ掴んで止めたからである。
 
 突然、武器を掴まれた四年生が硬直する。
 
 「そこまで!」
 
 雷蔵はよく通る声で言った。わたしは、ぽかんとして口を開けた。雷蔵が、苦無を掴んでいる。直接である。その手で、直接、苦無を、刃物を。苦無の刃が、雷蔵の手に食い込んでいる。赤い血が滲んできた。
 
 「ふ、不破先輩……! 手、手……!!」
 
 四年生が、ふるえながら声を引っ繰り返す。しかし雷蔵には聞こえていないようで、いつになく厳しい顔でわたしに襲いかかってきた四年生ふたりを見やった。
 
 「そっちがふたり掛かりで来たのだから、ぼくが手を出しても文句は無いよね。あのね、きみたち、三郎に奇襲をかけるのは構わないけれど、時と場所を考えなよ。今はお昼どきで、此処は食堂に続く道だ。当然、たくさんの生徒がやって来る。一年生もね。誰かを巻き込んだらどうするんだよ」
 
 「い、いや、あの、不破先輩、手を……!」
 
 「それと、三郎」
 
 今度は、雷蔵はわたしに鋭い視線を投げかけた。
 
 「お前、また何か悪戯を企んでいただろう。後輩をからかうのは止めろと、何度言ったら……」
 
 「ら、雷蔵! そんなことより、頼むから苦無から手を離してくれ!」
 
 ぽたぽたと赤い血が垂れてゆくのに耐えられず、わたしは必死になって叫んだ。
 
 
 
 
 
 かばって……る……? ……かばってない気がする……。
 でもある意味かばって……。
 このあやふやっぷり!
 しかも中途半端ぶつ切りですみません!
 でも、「不敗神話持ちだから全校生徒から目をつけられてる鉢屋」という電波を受信した瞬間、美味しすぎて死にそうになり、書かずにはいられませんでした。
 それにしても、
 
 「三郎、危ない!」
 「ら、雷蔵……!」
 
 みたいなのを目指してたのに、何故か全然違うところに着地してしまいました。
 あ、あれ……?
 しかしすごく楽しかったです。リク有難うございました!
 
 
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