■ライ・クア・バード 28■
朝、偶然八左ヱ門に会ったことは覚えている。彼が酷く調子が悪そうで、妙な胸騒ぎがしたことも。保健室に行くことを薦めたのも、記憶にある。しかし、そこまでだ。
気が付いたら、ぼくは保健室のベッドに横たわっていた。
目が覚めてから、状況を把握するまでしばし時間がかかった。八左ヱ門に、保健室に行くかい、と言ったはずなのに、何故かぼくが保健室にいるのである。何がどうなって、こんなことになったのだろう。
ベッドの側で、八左ヱ門が泣きそうな顔をしている。三郎は無表情。彼らの話によると、ぼくは裏庭の池で倒れてしまったらしい。頭の中がはてなマークでいっぱいになった。倒れた? 何で? そんなこと、今まで一度だって無かったのに。
未だ色々なことが呑み込めなかったが、友人たちに多大な迷惑と心配をかけてしまったことはすぐに分かった。三郎が無表情なのは、彼が少し怒っているからなんじゃないか、ということも。
「雷蔵、昨日ちゃんと寝た? 寝不足だったんじゃない?」
三郎に言われて、ああ絶対にそれだ、と思った。昨夜はついついゲームにのめり込んでしまって、あまり眠っていないのだ。それだ。確実に、それだ。そんなことが原因で倒れてしまうなんて、情けないし恥ずかしい。何よりも八左ヱ門と三郎に申し訳無かった。
「雷蔵、あの……さ……さっき、池の前で話したことだけど……」
おずおずと、八左ヱ門が口を開いた。彼は本当に、本当にぼくのことを心配してくれていたようで、憔悴しきった顔をしていた。そんな彼を見るのは初めてかもしれない。ぼくの胸は痛んだ。
しかも、池の前で話したこと、と来た。池の前。池の前?
ぼくは必死になって考えた。そういえばさっきも、ぼくは池の前で倒れたのだと教えられた。しかしぼくには、裏庭の池に行ったという記憶がひとかけらも無いのだった。
「……話? 何か、言ってたっけ?」
どうしても思い出せなくて、八左ヱ門に尋ねた。そのときの彼の表情を、なんて説明したら良いだろう。安堵のような落胆のような困惑のような。とても複雑な顔つきだった。
それにしても 、八左ヱ門と何かを話したらしいのに、全く覚えていないなんて余りにも失礼過ぎる。ぼくは必死に頭を回転させた。しかし目覚めたばかりの脳の動きは恐ろしく鈍く、大して働いてくれなかった。
「覚えて……ない……?」
八左ヱ門の言葉にぼくは焦る。やばい。思い出さないと。どうも大事な話だったような気配が漂っているじゃないか。忘れている場合ではない。
しかし、駄目だった。思い出そうとすればする程、頭が重くなってくる。最終的には、こめかみがじくじくと痛み始めた。寝不足のせいで何も覚えていないなんて、ぼくはどこまで役立たずなのだろう。
「……覚えてない。ごめん……」
これ以上はどうしようもなくて、ぼくはそう言った。
「大事な話だった、かな……」
不安になって、ぼくは声を小さくして続けた。すると八左ヱ門は慌てた様子で首を横に振る。
「あ、ううん! そういうんじゃねえし!」
「どんな話だったか言ってくれたら、多分、思い出すよ!」
ぼくは必死で食い下がった。しかし八左ヱ門は「いや、良いって良いって! ほんと大したことじゃねえから!」と頑なだった。ぼくは更に粘るつもりで口を開きかけた。そこに三郎が割り込んでくる。
「じゃあ八左ヱ門、教室から雷蔵の鞄を取って来いよ」
三郎の意図が掴めず、ぼくは「え、何で?」と首を傾げた。どうしてそこで、ぼくの鞄が出て来るのだろう。今までの話に、何か関連があっただろうか。脈絡がなさ過ぎる。
「雷蔵が早退するからだよ」
三郎は淡々と言う。早退。倒れたのだから、もう帰れということか。
「……いや、大丈夫だよ。ぐっすり寝ちゃったし」
そんな大袈裟な、とぼくは手を振った。ただの寝不足で病気でも何でも無いのだから、そこまでする必要は無いのだ。しかし三郎は納得しなかった。頑なに、「駄目だよ。大事を取って、家で休んでおいで」と言い張る。更に、八左ヱ門まで
「おれも三郎の意見に賛成」と言い出すのだった。ふたりに押し切られ、ぼくは半ば無理矢理早退させられることになってしまった。本当に、大丈夫なのに。
八左ヱ門が教室へ鞄を取りに行ってくれている間、ぼくと三郎はふたりで保健室に残った。 三郎が「雷蔵」とぼくを呼ぶ。ぼくは半身を起こした格好で「うん?」と彼を見上げた。そうしたら、今まで冷静そのものだった三郎の表情が一変した。
「良かった……」
三郎は、泣きそうな声で言った。ずっと平気そうな素振りで真っ直ぐ立っていたのに、突然力が抜けたみたいにその場にしゃがみ込む。驚きだとか申し訳なさだとか色々なものがこみ上げてきて、ぼくは
「ご、ごめん」と早口で謝った。
「ぼくも、まさかそんなことになってるなんて思わなくて……」
「八左ヱ門があんまりにもテンパるから、普通にしとかなきゃと思って頑張ったけど、心臓止まるかと思ったんだから」
「ごめんって……」
ぼくが消えそうな声で言うのと同時に、三郎は立ち上がった。彼の手がぼくの肩に触れる。次いで、そっと唇を合わせてきた。
えっおい、とぼくは動揺した。此処は学校だぞ、と。そりゃあカーテンは引かれているけれど、この向こうには校医の先生だっているんじゃないだろうか。しかしぼくは拒否出来なかった。どきどきする。耳が熱い。三郎の体温が心地良かった。
やわらかな唇の感触に、頭の奥の方がもぞもぞした。そこから何か出て来そうな、そうでないような。
やがて、三郎の唇が離れてゆく。ぼくは彼を見た。視線が合う。頭の奥が、また変な感じになった。
「……三郎」
「ん……?」
「ぼくたち……前も何処かで会ったことがあるかな」
ぼくはそんなことを口にしていた。ほとんど無意識の発言だった。それで、頭の奥でもぞもぞしているこれは、もしかしたらデジャヴというやつだろうかと思った。
三郎は少し黙って、それからほのかに笑った。
「それ、入学式のときも言ってたね」
「あれ、そうだった?」
「おれも最初、同じことを言ったし」
「じゃあ、本当に何処かで会ってるのかな? ……でも、会ってたら覚えてるはずなんだよね……」
ぼくは腕を組んだ。目の前には鉢屋三郎。こんなインパクトの強い人間、一度会ったら忘れるはずがない。しかしぼくの中には、正体不明の既視感が存在する。それは輪郭すらはっきりしない、とてもあやふやなものだった。気を抜いたら、すぐにでも何処かへ行ってしまいそうだ。
「鞄、持って来たぞ」
カーテンが開いて、八左ヱ門がぼくの鞄を持って現れた。ぼくはベッドから降りて靴を履き、その鞄を受け取る。家から持って来たは良いけれど、今日は一切使っていないノートやら教科書やらの重みをずっしりと感じた。
「八左ヱ門ごめんね、有難う。……ていうか、本当に帰るの?」
「帰るの」
三郎はきっぱりと言い切る。有無を言わせぬ口調だった。
昼過ぎの中途半端な時間に、ひとり下校する。先生には、三郎たちが伝えておいてくれるらしい。何だか変な感じだった。本屋にでも寄りたい、という欲求が湧いてきたけれど、もしも三郎にばれたら本気で怒られてしまいそうなので我慢する。ちゃんと真っ直ぐ帰って、休んでいよう。
「…………」
コンクリートに落ちた自分の影を眺めながら、ぼくは首を傾げる。色々なことが腑に落ちなかった。確かに昨夜は遅くまでゲームをしていて寝不足だったけれど、それでいきなり倒れる……なんてことがあるのだろうか。ぼくはそこまで貧弱じゃないはずだ。むしろ、体力には自信がある方だった。徹夜だって何度もしたことがある。
それに、ぼくは八左ヱ門と一体何を話したのだろう。大事なこと、のはずだ。だけど、八左ヱ門はその話題に触れて欲しくないみたいだった。……夏頃に、彼が抱えていたと思われる悩みに何か関係のあることだったのだろうか。だったら、どうしてぼくは覚えていないんだ。ずっと気にしていたことなのに。ああ、歯がゆい。もどかしい。腹の中がもやもやする。
煮え切らない気持ちのまま、自宅に着いた。玄関の鍵を開けて、靴を脱ぐ。当たり前だけれど両親は仕事に出掛けているので、家の中は無人でとても静かだった。心なしか、空気がひんやりしている。
それはぼくにとって日常風景のはずなのに、何故だかこのときは無性に寂しくてたまらない気持ちになった。背中がどんどん寒くなってゆく。ぼくはひとりなのだと思うと悲しくて仕方が無い。まるで、小さな子どもにでもなったみたいだった。
自分の心がまったくコントロール出来ない。寂しい。寂しい。何だこれは。寂しい。不安が募る。三郎。三郎に会いたかった。寂しい。どうして三郎は、隣にいてくれないのだろう。そしてぼくは、一体どうしてしまったのだろう。
自室に戻り、制服を脱ぎ捨て部屋着に着替えてベッドに潜り込む。しかし、午前中ずっと保健室で寝てしまったのでまったく眠くない。ぼくは自分の部屋の天井を見上げた。頭や胸がもやもやしていたのは、何とはなしに収まってきた。だけど、正体不明の寂しさだけはしぶとく残っていた。
一旦起き上がって一階に降りた。知らない間に、本部屋の棚に柳広司「ジョーカー・ゲーム」が加わっていたので、それを持って部屋に戻った。寂しさと退屈を紛らわせる為に、音楽をかけながら本を読む。最初はどうも集中出来なかったけれど、だんだん物語の世界に入り込んでいった。
そのまま本を読んでいたら、インターホンが鳴った。本を置いて、時計を見る。いつの間にか、一時間半くらい経過していた。
階段を下りて玄関のドアを開けると、そこには三郎が立っていた。
「雷蔵、大丈夫?」
口を開くなり、これである。
「だから大丈夫だってば」
ぼくは苦笑したけれど、彼が来てくれて心から嬉しかった。しかし何となく恥ずかしいので、それは言わなかった。
「雷蔵、昼飯って食べた? 腹が空いてるなら、何か作るよ」
「あ、そういえば食べてないや」
ぼくは腹をさすった。完全に、昼食のことを忘れていた。そして、思い出した瞬間腹が減ってきた。
お腹空いたなー三郎のご飯が食べたいなーという気持ちを込めて三郎の顔を見る。そのメッセージは三郎にきちんと届いたらしく、彼はにっこりした。
「じゃあ、台所借りても良いかな」
三郎はてきぱきとたまご雑炊を作って、ぼくの部屋まで運んでくれた。たまご雑炊。病人食の定番である。お盆ごとベッドの上に載せて、ぼくは雑炊と向き合う。ふんわりと湯気のあがる雑炊はとても美味しそうだけど、正直ぼくはもっと実の詰まったもの……もっと言うと肉が食べたかったので、ほんの少しこのチョイスにがっかりした。いや、良いのだけれど、雑炊も。
「……あのさ、ぼくは別に病人じゃないからね?」
一応、念を押す。三郎から返ってきたコメントは「熱いから気を付けてね」だった。今日はぼくの発言がことごとくないがしろにされている気がする。
ぼくはスプーンを手に取った。息を数回吹きかけて冷まし、ゆっくりと口の中に運ぶ。
「…………」
ぼくは黙って、雑炊を味わった。美味い。とても優しい味だった。三郎の心がこもっているのが、よく分かる。
おいしいよ三郎、と言おうとしたそのときだった。何故かぼくの左目から、ぼろんと涙がこぼれた。三郎が「えっ」と硬直する。ぼくは焦って左目に手をやった。そうしたら、今度は右目から涙が溢れ出した。
「ら、雷蔵? どうしたの、雷蔵。そんなに熱かった? それとも、口に合わなかったかな……」
三郎はおろおろしながら、雑炊をぼくの膝から取り上げた。違う、と言いたかった。違う。泣くつもりなんかなかったのだ。だけど涙が出てしまった。しかも、止まらない。
「……っ、ぅ……」
ぼくは何も言えず、奥歯を噛んだ。瞼が熱い。悲しくないのに、涙が止まってくれない。そういえば、三郎に初めてご飯を作ってもらったときにも、こんなことがあった。肉じゃがを食べたときだ。あれもとても美味しくて、やさしい味がして、そして泣けてしょうがなかった。
「三郎……」
やっと声が出た。三郎は「な、何、なあに、雷蔵」と、震える声で言ってぼくを覗き込んだ。彼まで泣きそうだった。ぼくは手の甲を、濡れた目元に当てた。
「ぼくは、お前が好きだよ……」
絞り出すようにしてそう言った。何故だか、急に伝えたくなったのだ。ぼくは三郎が好きだ。心から。そうしたら、三郎が息を呑む気配がした。
「……だ、駄目だよ雷蔵」
三郎の声は掠れていた。彼の言う意味が分からなくて、ぼくは視線を持ち上げた。思ったよりもずっと近くに三郎の顔があって、どきりとした。
「だって、きみから好きって言ってくれたのなんて初めてで……そんな、そんなの、」
ぎい、という音がした。三郎が、ベッドに膝を掛けたのだ。三郎の顔が更に近くなる。彼の濡れた瞳が、細い睫毛が視界に大写しになった。 三郎は口を開く。
「我慢出来なく、なるよ」
直後、噛みつくみたいにキスされた。三郎はぼくの髪の毛をまさぐる。歯をこじ開けて、彼の舌が口の中に入って来る。ぼくはそれを受け入れて、彼の背中に手を回した。
「……っん、ん……」
舌が絡み合い、頭がくらくらした。三郎の手がぼくのシャツの中に潜り込んできて、脇腹をなで上げた。
「……っ……!」
ぼくは背中を震わせた。その拍子に三郎の舌を噛みそうになり、ぼくは慌てて口を離した。そうしたら今度は、彼はぼくの首筋に吸いついてきた。軽く歯を立てられて、身を竦める。
彼の唇は首から耳元まですべり、それから、まだ涙で濡れていたぼくの頬を舐めた。その拍子に三郎の睫毛がぼくの肌を撫で、ぼくは熱い息を吐いた。
三郎は顔をずらし、ぼくのTシャツをまくり上げて胸元に舌を這わせた。柔らかくて、ぬるりとしていて、熱い。腰の辺りから妙な疼きが這い上がってきて、ぼくは身体をよじった。
「あ……っ、あ、ぁあっ」
胸の尖りを舐められ、意識していないのに喉から上擦った声が溢れてくる。恥ずかしい。だけど、どうしようもない。気持ちが良い。ぼくははっきりと、快楽をおぼえていた。生々しい感触が、ぼくの理性をどんどん追い詰めてゆく。
「……っ!」
三郎の手が、下肢に降りる。ぼくは思わず、彼にしがみついた。鼓動がどんどん駆け足になって、息が苦しい。
「ぃ……っ」
スウェットの上から撫でられて、ぼくは軽く頭を振った。 どうしても、先日の醜態を思い出してしまう。もうあんな無様な姿は晒すまい、と下腹に力を込めた。
三郎の手が、下着の中に差し入れられる。目の前で一瞬、チカッと光が走った、が、最悪の事態には陥らずに済んだ。
「……っ、ん……」
三郎は、既に反応しているぼくのものを掴み、ゆるゆるとそこを擦った。たまらない感覚に、ぼくは腰を引きそうになる。しかし三郎は逆にぼくを抱き寄せて、先端を撫でてくる。ぼくは一際高い声をあげた。
「雷蔵……」
三郎が、耳元で名前を呼ぶ。それはぼくの頭の奥を揺さぶった。そんなの反則だ、と思う。だけど、どうにか我慢出来た。しかし徐々に強く擦られて、頭がぐらぐらしてくる。
「……っあ、ぁ、あッ」
「……我慢しなくて良いよ?」
「うるさ……っ、ん、ん……っ!」
「無理しないで、雷蔵」
「は、っぁあ……ッ」
結局、駄目だった。くびれの部分を執拗に刺激されて、ぼくは達してしまったのだった。腰と内股が痙攣し、白濁が三郎の手に溢れてゆく。
ぼくはしばし、白い天井を仰ぎ見ていた。身体がぐったりとして動かない。呼吸が落ち着かず、幾度も荒い息を吐いた。
「……雷蔵、これ使っても良い?」
三郎の問いに、ぼくは重たい頭をぐるりと動かした。彼の手には、何やら白い容器があった。何だあれ、と一瞬首を捻りかけたが、思い出した。母さんのハンドクリームだ。ここ最近彼女がはまっている、オーガニックなんとかのハンドクリーム。少し前に借りて、返すのを忘れていた。
「……うん? うん……」
ぼくはほとんと何も考えずに答えた。思考が全く働かない。三郎、手が乾燥してるのかな、なんてとんちんかんな思いに至った次の瞬間だった。
「ひっ……!」
ぼくは悲鳴じみた声をあげた。ぬるぬるした三郎の指が、後ろの方にあてがわれたからだ。
「ちょっ……、あ……あ……」
三郎は、ハンドクリームをそこに塗りつけてゆく。ぼくは、首筋がどんどん寒くなるのを感じていた。これはつまり、そういうことか。そういう、あれか。
「用意が無かったから……ごめんね」
「そ、じゃなく……っあ、あっ!」
後半は、完全に悲鳴だった。ハンドクリームの滑りを借りて、三郎の指がぼくの中に一気に入って来たからだ。脳がバチバチと妙な音を立てた。まったく経験の無い異物感に、また泣きそうになった。
「すご……熱……っ」
三郎が濡れた声で呟くのを聞いてしまって、ぼくは顔を熱くした。恥ずかしい。ぬるり、と三郎の指が動く。内側を撫でられる。喉が引き攣った。三郎の指が、ぼくの中にある。
「や……っ、あ、あ……何……何、だ……これ……っ」
「……雷蔵、痛くない?」
「痛くな……い、……っ何で……これ……変……、変……っ!」
背中がぞくぞくする。三郎は中を広げるように、指を進めてゆく。信じられないことに、気持ちが良い。気持ちが良い。そんな馬鹿な。気持ちが良い。全身が痺れる。気持ちが良い。
「ん、ん……ぅ、あっ」
三郎の指が行き来する。その度にぼくの腰は跳ねた。その内に、内側を探る指が増えてゆく。そうなると、更にたまらない気持ちになった。少し苦しいけれど、それすら心地良い。もっとして欲しい、と思ってしまう。訳が分からない。全く触っていないのに、ぼくのものはまた硬くなっている。何でこんな……おかしい。本当におかしい。
「あっ、あ、ッ……三郎……三、郎」
だんだん恐ろしくなってきて、ぼくは三郎の胸元に爪を立てた。一瞬、三郎が唇を噛むのが見えた。
「……っ、雷蔵、ごめん……、もう我慢、出来ない……」
三郎は苦しげに言って、ぼくの腰を抱え上げた。たちあがった彼のものが、柔らかくほぐされた後ろに当てられる。熱い。同時にぼくは、流石にそれは無理だ、と思った。
「待っ……待って、無理……っ!」
止めようとしたが、三郎は待ってくれなかった。ぐっ、と先端が身体の中に埋まったのが分かった。ぼくの両目から、ふたたび涙が溢れて来た。
「駄目、駄目だ……っ、あ、ぁあっあぁッ!」
三郎は、一気にぼくを貫いた。そしてぼくはその衝撃で、また絶頂を迎えてしまったのだった。
「はぁ……っ、ぁ……は……っ」
ぼくは呆然として、自分の腹に飛び散った白い液体を見下ろした。耳の奥が締め付けられる。自分の身体に起こったことが、信じられなかった。
想像していたのと、全然違う。 あんな場所にあんなものを入れて、ただで済むわけが無いと思っていた。絶対に、痛いに決まっている。下手したらショック死することもあると何処かで読んで、ぼくは物凄く怖かったのだ。それなのに、痛いかどうか判断するよりも先に、ぼくはいってしまった。入れられただけで。有り得ない。まったくの初心者なのに、こんなことは有り得ない。
「……雷、蔵……っ」
三郎がうわごとのように呟き、同時にずるりとぼくの中のものが動いた。
「い……っ!」
駄目だ。ぼくはもう駄目だった。色々な意味で衝撃が大きすぎる。涙で視界がぼやけ、三郎の顔がよく見えなかった。
「あ……っ、あ……あっあ」
突き上げられ、内側を擦られてぼくは鳴き声をあげる。摩擦が生む快感に、脳が焼き切れてしまいそうだった。
「……あっ、あ……っ、ん、ぁ……!」
「雷蔵……」
「は……、あっ……あ……」
耳元で、好き、と言われた気がした。ぼくも、と言いたかったけれど舌がまともに動かなかった。だから代わりに、ぼくの腰を抱える三郎の手に、自分の手を重ねた。汗で一瞬滑ったけれど、どうにか力を込めてしっかり握り締める。
「……っ、雷蔵ごめん……無理……っ」
三郎は低く呻き、ぼくの胸元に顔を伏せた。それと同時に、彼のものがびくびくと痙攣した。次いで、熱い迸りが注ぎ込まれる感触。その行為の意味ももはや把握出来ないぼくは、ああ気持ち良い、と満たされた心地で目を閉じた。
「はー……美味い」
三郎が温め直してくれた雑炊を食べ、ぼくはため息をついた。変な声を出しすぎて喉がガサガサになったので、飲み込みやすい雑炊はとても有り難かった。肉が食べたいなんて思ってごめん、三郎。何だかんだ、これがベストのメニューだった。
三郎は雑炊を食べるぼくを見て、ずっとにこにこしていた。この上なく、幸せそうだ。ぼくはそんな彼を見るのが気恥ずかしかった。なんせ、先程のぼくは、とにかく色々な意味で有り得なかった。
「何か……」
スプーンで雑炊をすくいながら、ぼくはぼんやりと口を開いた。
「四百年分くらい、一気に、したみたいな気分だ……」
何も考えず、そんなことを口にしていた。三郎が「何だい、それ」と笑う。自分でもよく分からなかったので、「……いや、なんとなく」と言ってぼくも少し笑った。
「いやでも……当分、こういうのは良いや……」
身体がもたない、と続けてぼくは雑炊を口に運んだ。すると三郎が「えええっ」と悲壮な声をあげる。
「そんなの駄目だよ。愛し合おうよ……!」
「だって三郎、雷蔵になら抱かれても良い、なんて言ってた癖に、普通にぼくがされる側だったし」
「じゃあ、次は交代する?」
「ん? んー……」
ぼくは曖昧な返事をした。三郎を抱く。自分からふっかけておいてなんだけど、何となく、現実味があることのように思えなかった。
ぼくは、三郎お手製の雑炊を食べる。彼の愛がめいっぱい詰まった、たまご雑炊だ。
「……はー……美味い……」
しみじみと、呟いた。心から出た言葉だった。
「……なあ、三郎」
「何だい、雷蔵」
「ぼくたち、本当に何処かで会ってないかな?」
「……きみがそう言うのなら、会っているのかもしれないね」
三郎は微笑み、ぼくの頬にキスをした。
……それから、ぼくたちに日常が戻ってきた。ぼくはあの日以降倒れることもなく、健康そのものだった。だけど八左ヱ門と池の側で話したこと、というのがどうしても気になって、ぼくはもう一度だけ彼にそのことを尋ねてみた。すると彼は、こう答えたのだった。
「うん、おれの悩みをちょっと聞いて貰おうとしてたんだけどさ……。でも、それ、もう解決したんだ。だから大丈夫! 心配かけてごめんな!」
八左ヱ門はそう言って笑った。嘘のない笑顔だった。それでぼくは、夏辺りから彼が抱えていた悩みというのが、本当に解決したのだということを理解した。結局内容は分からなかったけれど、彼の屈託が解消されたのなら良かった。それに、残念ながら(……という表現が適切かどうかは分からないが)ぼくは覚えていないけれど、八左ヱ門はぼくに悩みを打ち明けようとしてくれたのだ。ぼくのことを信頼していないだとか、ぼくに原因があるだとか、そういうことではなかったのだ。ぼくは心底ほっとした。
そういうわけでぼくは三郎、八左ヱ門と、楽しく毎日を過ごしていた。そんなある日、放課後である。冬ももう目の前、という頃だった。ぼくは帰り支度をしながら、三郎と八左ヱ門に声をかけた。
「ねえねえ、マック寄ってこうよ。今日からポテト150円だよ」
真っ先に、「行こう行こう!」と八左ヱ門が賛成してくれた。三郎も、異論は無いようだった。
「あっ、……あの、じゃあ、じゃあさ」
八左ヱ門が、小さく手をあげた。何故か、もじもじしている。三郎が「何だよ、気持ち悪いな」と顔をしかめた。ぼくは八左ヱ門が続きを口にするのを、黙って待った。
「一組の久々知と尾浜って奴も……連れてって良い?」
意を決して、という風に八左ヱ門は言った。ぼくは数回、瞬きをした。そんな、物凄く勇気を出して言いました、という素振りの割に、内容は至極普通だった。少し前から、彼が一組の生徒と仲良くしているらしい、というのは知っていたので、何も不思議ではない。むしろ、友達を紹介してくれるなら嬉しい。
「うん、良いよー」
そんなにかしこまらなくても、普通に連れて来れば良いのに……と思いつつ、ぼくは頷いた。八左ヱ門の頬が、ふわっと桃色になる。
「あ、そ、んじゃ、ちょっと連れて来る! 待っててな!」
そう言って、八左ヱ門は風のように教室を出て行った。その勢いに半ば呆然としていると、隣に立った三郎がこう言った。
「おれの意見を聞かずに行きやがった、あいつ」
三郎は、不服そうに唇を尖らせる。ぼくはそれが可笑しくて、声をあげて笑った。
「でも、別に良いだろ?」
「……きみが良いなら、良いけどさ」
拗ねてます、と言わんばかりの口調だった。可愛い奴め。ぼくは更に笑った。
「で、勘右衛門……何でお前隠れてんの?」
「…………」
八左ヱ門の低い声に、返ってくるのは沈黙のみだった。あれからすぐ、八左ヱ門は教室に、彼の一組の友人ふたりを連れて来た。ひとりはぼくも知っている、久々知兵助。そしてもうひとりは……、何故か久々知の後ろに隠れて出て来ないのだった。
「おい! お前が会いたい会いたいってうるせえから、会わせてやってんだぞ!」
八左ヱ門は、久々知の背後で小さくなっている人物……尾浜勘右衛門というらしい……を、小突いた。
「い、いざとなったら、何か恥ずかしいじゃん!」
初めて、尾浜勘右衛門の声を聞いた。本気で恥じらっているみたいだった。人見知りなのだろうか。ええと、こういう場合、ぼくはどうしていたらいいのだろう。こちらから声をかけた方が良いだろうか。それとも、待っていた方が良いのだろうか。あ、それとも、久々知の方に先に自己紹介をするべきだろうか。
「ほら、出て来い!」
ぼくが迷っている内に、八左ヱ門が勘右衛門の首根っこを掴んで久々知の背後から引きずり出し、無理矢理ぼくの方に押しやった。
「…………」
そこでようやく、勘右衛門と目が合う。彼の目はまん丸で、とても愛嬌のある顔立ちをしていた。ぼくはすぐに、彼とは仲良くなれそうだ、と思った。何となく。直感である。
「……あ、あ、えっと……」
勘右衛門はぼくから視線をはずし、胸の前で手を組んでそわそわと指を動かした。
「不破雷蔵です、初めましてー」
ぼくは軽い口調で言って、ゆるゆると手を振った。そうしたら、凄い勢いで勘右衛門がぼくを見た。あれ、何か変なこと言ったっけ……なんて考えていたら、彼は「らっ……」と声を震わせた。ぼくはぎょっとした。えっ、もしかしてこの人、泣いてないか。
「雷蔵っ!!」
勘右衛門は思いきり、ぼくに抱きついてきた。胸板同士が衝突して、一瞬息が止まった。
「あっ、こら! 勘右衛門!」
八左ヱ門が慌てて、こちらに駆け寄って来る。 兵助は冷静な口調で、「勘右衛門、そういうテンションは無しって言っただろ」と勘右衛門を窘めていた。
「だって、だってさあああ!」
「勘右衛門、ハウス! ハウス!」
「勘右衛門、ほら、離れて」
ぼくにしがみつく勘右衛門に、彼を引きはがそうとする八左ヱ門と兵助。ぼくは困惑しきりだった。ええと、これは何だろう。どういうアレだろう。そして、少し離れたところに立っている三郎から、尋常でない怒気を感じる。怖い。彼の方はあまり見ないようにしよう。
勘右衛門はだいぶ粘っていたが、二人がかりの力には勝てず、とうとうぼくから離れた。 彼は手のひらで瞼をごしごし擦り(本当に泣いていたみたいだった)、ぼくを見て、へへへ、と笑った。
「……こいつ、何なの」
三郎は勘右衛門を指さして、八左ヱ門の脇腹を肘でつついた。八左ヱ門は「は……ははは……」と乾いた笑いで誤魔化した。
「あ、鉢屋だ鉢屋。よう鉢屋」
勘右衛門は、今度は三郎に向き直り、にこにこしながら手を挙げた。彼らは以前から友達だったのだろうか、と思う程、親しげな口調と仕草だった。しかし三郎は、警戒心をむき出しにした表情でこう言った。
「お前、購買部で前に会ったよな。おれに暴言吐いた奴だろ」
購買部。暴言。そのキーワードには何となく覚えがある。そういえば、三郎が「タヌキみたいな顔の奴に暴言を吐かれた……」とか何とか言っていたことがあったっけ。勘右衛門の顔を、そっと窺う。あっほんとだちょっとタヌキっぽい、と思った瞬間噴き出しそうになって、ぼくは顔を下に向けた
「…………」
勘右衛門は、丸い目をぱちぱちさせた。驚いている……ように見えるが、元々そういう顔かもしれない。
「兵助! 鉢屋、おれに会ったこと覚えてるって!」
勘右衛門は拳を握りしめ、勢いよく兵助の方を振り返った。何やら、とても嬉しそうだった。瞳がきらきらしている。それを受けて兵助は、ゆっくりと頷いた。
「うん」
「うわっ何かすげえ嬉しい! こいつのことだから絶対忘れてると思った!」
「うん」
「……兵助?」
「うん」
「……八左ヱ門、駄目だこれ。兵助、テンパってるわ」
「はあ?」
「兵助、テンパると『うん』しか言わなくなるんだよ。……実は緊張してんの? 兵助」
「うん」
「もう、何なんだよお前ら……!」
八左ヱ門は苦い顔で、首筋をがりがりと掻いた。ぼくは我慢出来ずに、声をあげて笑った。面白い。何だかよく分からないけれど、凄く面白い。
そんなわけでぼくたちは、五人でマクドナルドへ150円のポテトを買いにゆくことにした。勘右衛門はずっとはしゃいでいて、兵助はやっぱり「うん」しか言わなかった。
道中、三郎が渋い顔で「ほんとにあいつらと一緒に行くの?」とぼくに話しかけてきたので、
「嫌?」
と聞いてみた。そうしたら三郎は、あの拗ねた顔をして
「きみが良いのなら、良いけど」
と答えた。可愛い奴め。ぼくは手を伸ばして、彼の頭をやさしく撫でた。三郎は眉間に皺を寄せた。だけど、顔はほんのりと赤い。ぼくは含み笑いを漏らした。本当に、可愛い奴め。
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