■メガネとメイがベリショの話をする■
「ああーいい湯だった。
しかも、フルーツ牛乳飲み放題なんて、いいとこだねここは !」
メガネは、タオルで頭を乱暴に拭きつつ、弾んだ声でそう言った。毎日通って、腹いっぱい飲もう。夜食代わりだ。
彼はそう、心に誓った。
「でもメガネくん、四本は飲みすぎだよ……」
その側で、メイ が少し恥ずかしそうに息を吐く。
彼らは二人で風呂に行き、部屋に帰って来たところだった。
「そう? あれでも、腹八分目でやめたんだけど。ベリショなら、多分もっと飲んでるよ」
あいつ貧乏性だから、とメガネは笑う。
それを見て、メイは少し目を細めた。
「いいなあ……。メガネくんは、ベリショくんと仲良くて」
「はっはっは。仲良いって言うかまあ、おれが面倒見てやってるって感じ?」
言いながら、ごろんと床に寝転んだ。フローリングの、ひんやりとした感触が気持ちいい。
「……そういえばさあ、メイちゃんってベリショの何処が好きなの?」
寝転んだままメイの方に視線を向け、尋ねた。
メイは瞬時に顔を赤らめ、恥ずかしそうに肩をすくめた。
「えっ、えええっ? 何でいきなりそんな……」
「いや、何か修学旅行みたいなテンションになってきたから、コイバナは必須かなと 思って」
それは、ずっと聞いてみたいことだった。
メイは可愛いし気立てもいい。メガネは彼が大好きだ。
そんな彼が何故、ベリショごときに惚れてしまったのか。不可解なことこの上ない。しかしこんなこと、ベリショがいるところでは聞けないし、丁度いい機会だ。
「そんなこと、急に言われても……。
メガネくんは、ベリショくんの何処が好きなの ?」
逃げようとするメイに、メガネは「ノンノン」と笑った。
「駄目だよーおれが先に質問したんだから。メイちゃんが答えてくれたら、教えてあ げるよ」
「えええー……。何処が、って言われても……」
メイは答えを探すように、視線をうろつかせた。
そんなに答えにくいことかなーと、メガネは首をかしげる。本人にあれだけアピールするくらいの度胸があるんだから、この程度サクッと答えられそうなものなのに。
「この学校、超モデル級の美形がゴロゴロいるのに、何でベリショみたいないけてない顔の男を選んだの?」
「ベリショくんは、いけてなくないよ!」
「えっ?」
突然力強い反論が帰ってきて、メガネは面食らってしまった。
続けてメイは、予想外のことを口走った。
「か、かっこいいと思う。よ」
「え、メイちゃん。顔だよ?」
思わず、確認してしまう。そして頭の中で、ベリショの顔を思い浮かべる。
ごくご く平凡な顔だ。自分たちが元いた世界では平均レベルだが、美形がデフォルトであるこの世界だと相当なキワモノの部類に入ると思う。
そのベリショが、かっこいい?
するとメイは、間髪を入れずにしっかりと頷いた。
「うん、顔だよ」
「メイちゃん、ああいう顔がいいの?」
メガネは起き上がり、床の上で居住まいを正した。
彼の真剣な面持ちにメイは少し圧されたようだったが、しっかりと頷いた。
「う、うん。ベリショくんは、かっこいいよ」
「うわお」
なんてこった。まさか、ベリショの顔が評価されていたなんて。 意外どころの騒ぎじゃない。
メイが彼に惚れた要因の中に、顔だけは絶対に入っていないと思っていたのに。
同じ平均顔として、何だか悔しい展開だ。
自分が容姿で、ベリショよりも劣っ ているなんて思いたくない。
「……あのさ、メイちゃん。突然だけど、会長さんの顔ってどう思う?」
「青磁? どう、って言われても……。きれいな顔だと思うよ?」
「あ、その辺の美的感覚は、しっかりあるんだ」
メガネは頷いた。別に、美醜が逆転しているわけではないらしい。
「でも、会長さんみたいなのは好みじゃない?」
「うん、全然」
「メイちゃん、自分の顔は好き?」
「ううん、あんまり好きじゃない」
「もしかしてメイちゃん、ベリショに会うまで、自分の好みの顔の人に一度も出会っ たことなかったんじゃない?」
「わ、何で分かったの?」
メイは、驚いたように眼を見開いた。
「……メイちゃんって、ブサ専?」
「ぶさせん? って何?」
「ブサイク専門の略」
「ベリショくんは、ブサイクじゃないってば!」
真剣な表情で反発するメイが妙に可愛く見えて、メガネは笑った。
そっか、メイちゃんはブサ専だったのか。
それならなんとなく、納得できる。
今までモテてモテてモテ尽くしていた彼が、誰の求愛にもなびかなかった、というのも頷ける。
ブサ専が美形にモテても、辛いだけだったに違いない。
かわいそうなメイちゃん。
「勿論、ベリショくんの顔だけが好きなわけじゃないけど」
「それじゃ、次はその辺を詳しく教えてよ」
メガネが促すと、メイもこのノリになれて来たのか、スムーズに答え始めた。
「優しいよね、ベリショくん」
「人間ちっちゃいけどね」
「僕のこと、姫扱いしないのも嬉しかったし」
「頭カタイからね。応用が効かないんだよ」
「誠実っていうか、真っ直ぐな性格だし……」
「単純とも言うよね。不器用で空回りしてるしね」
「もう、メガネくんてば。全然褒めてないじゃない。ベリショくんのこと好きなんで しょ?」
メイは、「ベリショくんがかわいそうだよ」と言いながらも顔は笑っている。
「うん、好きだよ」
「じゃあ、今度はメガネくんが答える番だよ。ベリショくんの、何処が好きなの?」
「うーん……」
メガネは腕組みをして、真剣に考えた。
ベリショ、ベリショの何処が好きか……。とりあえず顔ではない。断じてない。
メイが言った優しいとか真っ直ぐだとかは、確かにベリショの長所だと思うけれど、そこが好きなのかどうかを考えるとイマイチピンと来ない。
細かいボケを拾ってくれる。ツッコミのタイミングが秀逸。
この辺りは恋愛感情ではなく、相方としての相性のような気がする。
「んー……。まあ、強いて挙げるなら人間ちっちゃくて頭カタくて、単純で不器用で 、空回りしてるとこ?」
頭をかきながら、メガネはそう言った。
それって短所じゃん!
……というツッコミを期待したのだが、メイは突っ込んでくれなかった。なにやら真剣な顔して、黙っている。
メイちゃんてば、こんな分かりやすいボケを放置するなんて、まだまだだなあ。
しょうがないので、自分で突っ込もうかと手を上げかけると、メイが口を開いた。
「何か……ずるい」
「えっ、何が?」
メイは、寂しそうな表情をしている。メガネには、何が何だか分からない。
「メガネくん、上級者って感じ」
「そう?」
「だって今メガネくんが挙げたのって、メガネくんが思う、ベリショくんの短所でし ょ? 短所も全部好きって……すごいよ」
「おお、ナイス善意的解釈」
ものは考えようだ、とメガネは何度も頷いた。
そうか、おれはベリショ上級者だったのか。さすがおれ。やるじゃん。
「……でも、僕も負けないから」
メイは小さな声で呟いて、拳を握った。それから慌てたように、
「あっ、今日話したこと、ベリショくんには内緒だからねっ?」
と、手を振った。
もう告白もしているのに、今更何を照れることがあるのだろう。乙女心は複雑怪奇だ。しかし、恥ずかしがる彼が可愛かったので、「オーケーオーケー」と言って、親指を立ててみせた。
するとメイは、ほっとしたように笑った。そういうときの彼は、本当に可愛い。彼が女の子だったら、ベリショは間違いなくメイと付き合っていると思う。
いやあ、危ない危ない。よかった、メイちゃんが男で。
「……そういえば、メイちゃん、おれの顔ってどう思う?」
「うん? メガネくんの顔も、好きだよ」
全く嘘のない、百パーセントの笑顔でそう言われた。
……何だか屈辱だ……。
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