■一年前のクリスマス■
前置きは無しにして、現状のみを端的に述べたいと思う。
今日はクリスマスイブだ。そして僕は今、自宅でメガネと二人でいる。
「しょんぼりどころの騒ぎじゃねえぞ、ほんとに……」
僕はコタツに顎を乗せ、心の底から溜め息をついた。向かいに座るメガネは、みかん二分の一をいっぺんに口の中へと放り込んだ。
彼の前には、大量のみかんの皮が散らばっている。人ん家のみかんを、何個食う気なんだろう、こいつは。
こんなはずじゃなかったのに。今年こそ、今年こそこんな灰色のクリスマスから脱却できると思っていたのに。
「まあ、予想出来た結果ではあったよね」
口をモゴモゴさせながら、メガネはそんな恐ろしいことを言い放った。
「お前……っ、何てこと言うんだよ。去年、誓ったじゃん。高校入ったら可愛い彼女作って、その子とクリスマスを過ごそうぜって」
「いやあ、現実は甘くなかったねえ」
「……そういうこと、サラッと言うなよ」
「お互い、彼女出来なかったのは事実じゃん。かすりもしなかったじゃん」
「……そうだけどさあ。それにしたって、またお前と二人でクリスマスかよ、っていう……。中学三年間に引き続き、四年目だぜ四年目。何なのおれら。気持ち悪いどころの騒ぎじゃないだろ」
このまま現状がひとつも好転せず、五年目六年目、いや十年二十年とこいつとクリスマスを過ごす羽目になってしまったら……。
あまりの恐ろしさに、両腕に鳥肌が立った。何があっても、そんな事態だけは避けなければならない。
「とか言うけど、ベリショが来いっつったんじゃん」
「だっ」
思わず、僕は声を詰まらせた。
「だって……父ちゃんと母ちゃんは旅行行っちゃって……っ。ひとりきりだったんだも……ん……っ」
堪らずにううっ、と嗚咽を漏らすと、メガネは優しく僕の肩を叩いた。
「ああーお前ん家の父さん母さん、ラブラブだもんねえ。で、何処行ったん」
「京都……」
「ああー、いいねえ。渋いねえ」
「ふつう置いてくかっ? ひとり息子を!」
「でも、ついて来いって言われてもキツくない?」
想像してみることにした。
年甲斐もなくいちゃいちゃする両親に挟まれて、京都観光。しかもクリスマスイブに。
……駄目だ、痛々しすぎて脳が拒否する。
「確かに、家に残った方がなんぼかマシだな……」
「だろ? それにさ、クリスマスをおれと過ごすなんて、毎年のことじゃん。そろそろ慣れたら?」
「そこだよ! おれも、それをさっき考えていた!」
「ワオ、ナイステレパシー。阿吽の呼吸ってやつだよね」
「いや、ていうかな」
「おお、えらく雑に流された」
「おれらはさ、この状況に慣れちゃ駄目なんだよ。野郎ふたりで過ごすクリスマスを、日常にしちゃいかんのだよ! もっとさあ、危機感持つべきなんじゃねえの。己の現状を省みて、自分に出来ることを探してさあ」
「そんじゃおれ、帰ろっか?」
そう言って本当に立ち上がろうとするメガネに、僕は心底焦った。大急ぎでコタツから出て、メガネの腰にしがみつく。
「ヤダ! 帰んないで! 帰んないでお願いだから! 今メガネが帰っちゃったら、寂しくておれ死んじゃう! マジで!」
「だろー?」
そう言って笑うメガネの、ちょっと優越感を含んだ表情がムカついた。が、ここでそれを突っついてメガネに帰られると辛いので、僕は我慢する。なんていじらしいんだろう、僕は。
「そんじゃベリショ、みかん最後の一個食うぜ」
コタツに入り直したメガネは、またもみかんに手を伸ばした。彼の言うように、気が付けばみかんは後ひとつしか残っていなかった。僕はほとんど食べていないのに。
「お前、何個食ってんだよ。最後の一個くらい、おれに寄越せよ。おれん家なんだから」
「ええー。じゃ、半分こしようぜ」
「気持ちわりいよ」
友人の提案を、僕はすぐさま放り投げた。クリスマスに男同士で半分こ(しかもみかんを)なんて、そんな貧相なエピソードは欲しくない。
「あらま、感じ悪い。ベリショってば……昔はそんな子じゃなかったのに」
「おれ一人っ子だもん。ひとつのものを他人と分け合うとか、そういう文化ねえもん」
「ああ、それは駄目ね。少子化の弊害ってやつだよね。お前には人の心が足りないよ」
メガネは、悲しげに溜め息をついた。眼鏡を外して目頭を指で押さえ、わざとらしく首を横に振る。
「そ、そこまで言うことなくないか」
「おれなんかさあ、きょうだい四人じゃん? 小さい頃から、何でもかんでも分けっこですよ」
メガネは、上に姉ちゃんが三人もいる。彼は四人きょうだいの末っ子なのである。
彼の家には何度も行ったことがあるが、華やかで羨ましいと思う。しかしメガネが言うには、僕は何も分かっちゃいないらしい。
「だから、分け合うことの大切さってのはよく知ってるのさ。はい、これベリショの分ね」
そう言ってメガネはみかんの皮をむき、半分を僕に差し出した。それも物凄い至近距離、眉間の間近に持って来られたので、思わず身体が逃げてしまう。
「いや……あのさ」
「ベリショが人の心を取り戻すためにっ!」
「……おれ、未だにお前のテンション上がりポイントが分かんねえわ……」
何故かヒートアップする友人に気圧されて、仕方なく、僕はみかんを受け取った。しかしよく見ると、みかんの大きさは二分の一よりも明らかに小さかった。
「って、全然大きさ違うじゃん。何おまえ、ちゃっかり大きい方取ってんだ。あっ、もう食ってるしこいつ!」
「多人数きょうだいの必殺技。食ったもん勝ち」
「おっまえ……」
僕は半ば本気で腹が立った。しかしクリスマスにみかんごときで友人と喧嘩する、なんて狭量なエピソードも欲しくないので、そこはぐっと我慢をした。
「まーでも、彼女欲しいよねー」
大量のみかんの皮を一箇所に集めて、メガネはそう言った。
「だろ? だからさあ、来年までに頑張ろうぜ、マジで」
「そうだよな、きっと来年までに、おれのもとに金髪で巨乳の痴女が現れるよな」
「何だよ、その非現実な願望は。もっと身の丈に合った相手を探そうぜ」
「例えば、どんな?」
「だからさあ、こう、清楚で華奢で可愛くて……あ、髪の毛は絶対黒な。でもってロングな。そんで」
「巨乳?」
「……メガネって、巨乳しか言わねえよな」
「男なら巨乳に憧れんだろ、やっぱ」
「おれは別に、巨乳じゃなくてもいんだけどな」
「ええー巨乳だろおー。らめええ壊れちゃうう、くらいの巨乳だろおー」
「どんな巨乳だよ、それは」
……こうして僕たちは、童貞として至極模範的なクリスマスを過ごした。なんだかんだ言って、結構楽しかった。
そう、その考えが一番危険なのである。
男友達とダラダラ気楽にクリスマスを過ごして楽しかった。そのぬるま湯思考がいかんのである。
だから、来年だ。
来年こそは、この負の無限ループから脱却してやる。
絶対に!
……このときの僕たちはまだ、知らなかった。
僕たちのクリスマス童貞トークを、部屋の隅で盗み聞きしている、小さな青い人影の存在を。
そしてその小さな人影が、「BL世界招待候補リスト」と書かれたノートに、僕たちの名前を書き込んだことも。
僕たちは知らなかった。知るわけがなかった。
おしまい!
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メリークリスマス!
12月24日に、まさかのネット回線ダウン!
原因は、何を隠そうこのわたしッ!
なんと!
誤って、モデムのコンセントをぶっこ抜いていた!!
そら、回線もつながらんっていう話です。
いや参った参った!
恥ずかしメリークリスマスッッ!
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