※室町

「変装名人、千の顔を持つ男、不敗神話……」

 脈絡なく、とつぜん勘右衛門は真顔で呟いた。昼休みの食堂である。彼の向かいで焼き魚をつついていた三郎は手を取め、にやっと笑った。

「何なに、おれが格好いいって話?」

 勘右衛門はそれには反応せず、淡々と続けた。

「これらを全て覆す、死ぬ程ださい宣伝文句を考えたい」

「おい」

「確かにおれも、三郎だけちょっと出来過ぎでいけ好かないって前から思ってた」

 既に定食を食べ終えている八左ヱ門が、空いた食器を脇に押しやって腕を組んだ。三郎は眉をひそめる。

「おい、言い方」

「何か良いの無いかなぁ」

「ううん、そうだなあ……」

 勘右衛門と八左ヱ門は真剣な面持ちで考え始めた。鉢屋三郎の格好悪い宣伝文句を、である。

 三郎は荒々しく箸を置き、隣で味噌汁をすする雷蔵の肩に縋りついた。

「雷蔵! 八左ヱ門と勘右衛門がおれの格好良さに嫉妬して、不当に貶めようとするんだよ! 酷いと思わないか!」

 雷蔵は木製の茶碗を盆にそっと戻し、やわらかく微笑んだ。

「顔面泥棒、っていうのはどうかな」

「雷蔵っ!?」

 雷蔵が率先して乗ってくるというまさかの展開に、三郎は唖然として口を開けた。雷蔵は、雷蔵だけはおれの味方をしてくれると思ったのに!

「良いなそれ」

「雷蔵が言うと説得力ある」

 勘右衛門と八左ヱ門は手を叩いて、雷蔵を賞賛した。褒められた雷蔵は「そうかなあ」なんて、照れくさそうに頬を染めている。

「歩く肖像権侵害、ってのは?」

「やだなぁ、勘右衛門。室町時代に肖像権なんて概念は無いよ」

「そっかあ!」

 三郎そっちのけで好き勝手なことを言って、友人たちは笑い合っている。どいつもこいつも酷すぎる。友情って何だろう。

 ……などと、本気で悲嘆にくれる三郎ではない。彼は涼しい顔で、ひとつ咳払いをした。

「まあ別に、それくらいなら痛くも痒くもないし? 好きに呼べば良いさ」

 そう言って箸を持ち直す。確かに決して良い表現ではないが、その程度ならば笑って流せる。忍者は何事にも動じず、常に静かな心でいなければならないのだ。

 そのとき、今まで黙っていた兵助が、すっと手を挙げた。

「お、どうした兵助」

 勘右衛門が促すと、彼はいつもと変わらない真顔でこう言い放った。

「無限皮かぶり」

「それだ!!」

「やめろ!!」

 勘右衛門、八左ヱ門の歓声を遮り、三郎は悲鳴じみた声をあげていた。静かな心など、何処か遠くに吹き飛んでしまった。それくらい、「無限皮かぶり」は強烈で、また受け入れ難い表現であった。

「それだけは! それだけは嫌だあ!」

 三郎は頭を抱えた。あながち間違っていないのが余計に許せない。無限皮かぶりって! 無限皮かぶりって!!

「兵助、良い感性をしているなあ」

「頑張って考えた」

「上手すぎてゾッとしたわ」

 勘右衛門と八左ヱ門は本気で感心しているし、兵助は満足そうに頷いている。

「嫌だああああ! そんな不名誉な呼び名は嫌だあああ!!」

「三郎、冗談だってば」

 誰もそんな風に呼びやしないよ、と雷蔵が優しく三郎の肩を叩くのと同時に、

「うるせーぞ五年!! 黙って食え!!」

 という怒声が響き渡った。六年生の潮江文次郎だった。彼は離れた席に座っていたが、まるで耳元で怒鳴られたかのような大音声と迫力であった。

 先輩に叱られた彼らはしゅんとなって、静かに食事を再開させたのだった。