※「家路へと」番外編的な感じです
※↑きり丸が忍術学園入学前に土井先生に拾われる、という話です
※今回は、きり丸が忍術学園入学金を貯めてるときのお話です






■歩く姿は百合の花(半助)■


 仕事から自宅に帰る途中、半助は近所に住むおばちゃんに呼び止められた。

「半助、半助! これ、頼まれたもの! 渡しとくから!」

 そう言っておばちゃんは半助の腕に風呂敷包みを押しつけた。とりあえずそれを抱えてはみるが、全く覚えがなかった。頭を捻って考える。何か、おばちゃんに頼んだことがあっただろうか。

「え? 何です、これ?」

 しかしおばちゃんは何やら相当急いでいる様子で、半助の疑問は耳に入っていないようだった。

「半助、明日は井戸掃除の当番だからね! 忘れないで頂戴よ! それじゃあね!」

 おばちゃんは早口で言うと、小走りで何処かに去ってしまった。半助と、謎の風呂敷包みだけがその場に残される。半助は、しばし呆然としてその場に突っ立っていた。今のは一体何だったのだろう。全く意味が分からない。

 半助は首をかしげつつ、家の中に入った。そして早速、風呂敷包みを開けてみる。

「……何だこりゃ」

 口から、素っ頓狂な声が漏れた。中に入っていたのは、女物の着物であった。ますます意味が分からない。これが何故、「頼まれたもの」なのだろう。半助はそんなもの頼んでいない。混乱しつつ、着物を手に取って広げた。丈が随分と短い。女児用の小さな着物であった。

「半助、ただいま!」

 そこに、きり丸が帰って来た。彼は真っ先に、半助の手の中にあった着物に目を留め、「あっ!」と嬉しそうな声をあげた。

「おばちゃん、持って来てくれたんだ!」

 そう言ってわらじを放り投げるように脱ぎ捨て、ばたばたと足音も荒く家の中に入って来る。

「こら、きり丸、行儀が悪い」

 半助の咎める声も、彼の耳には届いていない。きり丸は目を輝かせて、女物の着物を手に取った。

「やった! おばちゃんに、お礼を言っておかないと!」

「……それ、お前が頼んだのか」

「うん。古着を仕立て直して貰ったんだ」

 きり丸は笑顔で頷いた。半助は、古着を売るつもりなのかなと思った。しかしきり丸は次の瞬間、やおらに着物を脱ぎ始めたのだった。それから迷うことなく女物の着物に袖を通す。半助は呆気に取られて、彼の着替えを見つめた。

「な、何をやってるんだ、きり丸」

「見りゃあ分かるだろ。女の格好だよ」

 ぎゅっと帯を締め、しまいに髷をほどく。おさない少年は、それだけでもう性別が曖昧になる。半助は頭痛を覚え、こめかみに手を当てた。

「いや、いや、あの、だからな。何で、そんな格好をする必要があるんだ」

「知らないの、半助」

 そこまで言ってきり丸は、腰に手を当てた。

「物売りは、女の方が有利なんだぜ」

 ああそういうことか、と思った。何事かと思った。彼の身に、一体何が起こったのかと。

 半助は納得した。しかしその直後、そこで納得して良いのかという疑問がわき出てくる。きり丸は続けた。

「……って、とある嫌な女の受け売りなんだけどさ。でも、確かにその通りだと思うんだよ。男が売り子をするより、女がやった方が印象が良い。だったら、おれも女になれば良いって考えてさ。おれはまだ子どもで声も高いし、器量もそれなりだから女のふりをしてもいけると思うんだ」

 この子どもの、自己や周囲に対する冷静な観察力は本当に大したものだと半助は思う。それに、目的に対して手段を選ばない、躊躇だってまったくしないところも。

「はあ、なるほど」

 半助はきり丸の勢いに圧倒されていて、それだけしか言えなかった。きり丸は先程まで髷を結っていた髪紐で、黒髪を低い位置でひとつにまとめた。

「そういうわけだから、おれ、ちょっと仕事に行って来る」

「あっ、きり丸! 待ちなさい」

「うん? 何だよ半助」

 きり丸は、不満顔で振り返った。半助は口を引き結んで、ううん、と唸り声をあげた。

 反射的に呼び止めてしまったが、その先を言おうかどうか逡巡してしまう。きり丸は、何も言わない半助を、不思議そうに見つめている。

 ええい、ままよ! と、半助は口を開いた。

「きり丸、そのままじゃ駄目だ」

「ええ、何で? おれ、女に見えない?」

「まあ、見た目はそれで構わんが……まずは足」

「足?」

「足は閉じる」

「あ、なるほど」

「それと顎は引いて、手も基本は前で組むようにしなさい」

「ふんふん」

 きり丸は素直に頷いて、半助の指示に従っている。半助は心の中で、自分は何をやっているのだろう、と思った。これじゃまるで、女装の授業である。彼は忍者でも何でも無いのに、何故自分は彼に、変装の術を指南しているのか。

 そうだ、こんなことはいけない。少女の格好をすれば、その分危険だって多くなる。もっと他の方法で工夫しなさいと、大人の自分が止めてやらなくてはならないのではないか。

「半助、有難うな! そんじゃおれ、行って来る!」

「きり丸、待ちなさい!」

 ふたたび、半助は彼を呼び止めた。きり丸が立ち止まってこちらを向く。きらきらした目で半助を見上げる。これで沢山物が売れる、銭が稼げる、と期待している顔である。

「……歩くときの歩幅は小さく。言葉使いも気を付けるように」

 止めなくてはと思っているのに、半助の口からは全く別のことがこぼれた。きり丸は、この上なく嬉しそうな顔になった。

「はあい! あたし、頑張るね!」

 初めて女装をするとは思えないくらい、声も抑揚も違和感のない女言葉であった。きり丸は半助の言いつけを守り、ぱたぱたと可愛らしい仕草で駆けてゆく。

 半助はその姿を黙って見送り、がっくりと肩を落としたのだった。





きりちゃんが現在女装が上手なのは、もちろん場数を踏んでいるからなわけですが、実は入学前に土井先生から教えを受けてるからだと良いな、という妄想です。
土井先生は教師の習性で、つい教えちゃいました。
あとやっぱ、生きるために女装をするきり丸には何も言えませんでした。で、後から死ぬほど後悔するのです。
いやー土井きり楽しいわあ!
そしてわたしはこのリク企画で、一体何回女装ネタを書くんでしょうね。
だって萌えるんだもの仕方が無い!
ということで、リク有難うございました!