■メンノンファインポップアイ■
ぼくの部屋の、クロゼットの前で仁王立ちしていた三郎が、突然こんなことを言い出した。
「……前から思ってたんだけど、きみは手持ちの服が少なすぎるよ」
「そうかなあ」
ぼくは、読んでいた「BLEACH」の48巻から顔を上げ、クロゼットの方を見た。開け放たれた扉の向こうには、見慣れた衣服が広がっている。病めるときも健やかなるときも、共に過ごしてきた仲間たちである。ベンチ層が薄いと思ったことは、特に無い。
「というか三郎……勝手に人のクロゼットを開けるなよ……」
別に良いんだけど、と思いつつ、一応そこにも突っ込んでおくことにした。
「半分くらいが本じゃないか。おかしいよ」
案の定というか何というか、三郎は全く聞いていなかった。それどころか、クロゼットの使用法にまでけちをつけてくる。
「だって、本棚に入りきらないから」
床に積むよりは良いだろう、とぼくは続ける。三郎はこちらを振り返り、「だからって……」と言いかけたところで言葉を止めた。そして、ぼくの格好(中学時代の小豆色ジャージ)をまじまじと見やり、深々と息を吐いた。
「雷蔵」
「何だい」
「服を買いに行こう」
「別に、不自由してないんだけどなあ……」
ぶつぶつ言いながら、ぼくは三郎と駅前までやって来た。休日なので、何処もかしこも人と車でぎっしりだ。気が滅入る。今日は適当に、家でごろごろしようよ、という話だったのに。
「きみは、ジャージでの行動範囲をもっと狭くするべきだよ」
三郎は、真面目な顔で難しいことを言った。ぼくとしては、自転車で行ける範囲ならジャージでOK、という基準なのだけれど、三郎的にはせいぜい近所のコンビニ止まりらしい。難しい。じゃあ、コンビニよりも少し遠い図書館にジャージで行くのは駄目なのか。
「……あ、本屋寄って良い?」
そう言ってぼくは、書店の看板を指さした。しかし、三郎は首を横に振る。
「今日は駄目」
「ええ、何で」
「一度本屋に入ったら、二時間は出ないだろう。今日の目的は服を買うことなのだから、それが終わってから」
「だって、伊坂幸太郎の新刊……」
「後で!」
三郎は厳しい口調でぼくを制し、歩調を早めた。渋々、彼についてゆく。何だって彼は、今日に限ってこんなにやる気を漲らせているのだろう。
「じゃあ、この辺で……」
三郎はそう言って、今までぼくが入ったこともないような、何だかおしゃれで高そうな店の前で立ち止まった。ユニクロにでも行くのかと思っていたぼくは、びっくりして「えっ!」と大きな声をあげてしまった。何事かと、そばを通ったお兄さん(この人もおしゃれだった)がこちらを見る。
「無理無理入れない怖い怖いこわい!」
ぼくは、ぶんぶんと首を横に振った。拒否反応で、たちまち背中が冷たくなる。だって店員さんの眉毛が細い。特に何も無いはずなのにドヤ顔でキメてる。めっちゃこっち見てる。いらっしゃいませ、とか言ってる。怖い。
「何が怖いの! 平気だって!」
三郎は、完全に腰がひけているぼくの腕をがっしりと掴んだ。ぼくは、更に首を振る。
「い、嫌だよ! 明らかにぼくだけ浮いてるじゃないか! 何かギラギラしてるし! 床が銀色だし!」
「床の色は関係無いだろう……! ほら、早く」
「やだやだ無理むり! もっとやさしいとこにして!」
「やさしいとこ、って何だよ!」
「こんなの、木馬に乗って林冲の騎馬隊に挑むようなものだもの!」
※林冲の騎馬隊→「水滸伝」における最強の騎馬隊。
「現パロで服を買いにいく鉢雷」
オチてないですが、30分経っちゃった……!
こういう、イケてない男子の話を書くのが大好きです。
うちの雷蔵は、おしゃれとかてんで駄目です。
おしゃれな洋服屋さんなんて入れるはずがない雷蔵。
雷蔵にはもっといい格好をして欲しい三郎。
それより伊坂幸太郎の新刊が読みたい雷蔵。
この後、折衷案として、三郎が買って来た服を雷蔵が着る……みたいなことになると思います。
はーー楽しかった!
リク有難うございました!
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