■なでしこ■
作法委員長のお遣いで団子屋に赴いたら、何だか物凄いものを目撃してしまった。
浦風藤内は、店の入り口でしばし固まった。店内では、売り子の女性ときびきびと働いている。「物凄いもの」というのは、その女性のことである。
うつくしい女性であった。目はつぶらで睫毛が長く、通った鼻筋に品の良い口元。人の目を惹き付ける美貌だ。
しかし、とんでもなく派手であった。髪の毛を豪華に結い上げ、身につけている着物もうつくしいが、団子屋には似つかわしくない華美さである。彼女は、この店の誰よりも存在感を放ち、激しく目立っていた。
「た……滝夜……」
「あらあ、いらっしゃいませ!」
藤内の存在に気付いた売り子の女性が、彼の言葉を打ち消すように大きな声で呼び掛けながら、こちらに近付いて来た。
「いらっしゃいませ、何になさいますか?」
裏声に、藤内は腕がぞわぞわするのを感じた。近くで見るとより美しいが、それ以上に化粧が厚いのが気になる。見事な髪型は、斉藤タカ丸さんにやってもらったのだろうか、とぼんやり考えた。
「あの、滝夜叉丸先輩、こんなところで何やって……」
「滝子さんと呼べい」
声を落とし、団子屋の売り子に扮した滝夜叉丸は、藤内の額を軽く叩いた。
「……滝子さんは、此処で何をやってらっしゃるんですか?」
「課題だ。まあ、わたしの完璧な女装をもってすれば楽勝だがな。どうだ、浦風。うつくしいだろう」
「はあ」
でもちょっと怖いです、とは言えなかった。
「そうだ浦風、お前、ちょっと喜八郎を呼んで来い」
ぽんと手を打ち、滝夜叉丸はそう言った。藤内は、首を傾げる。
「綾部先輩をですか?」
「ふたり一組での課題なのに、あいつは女装が下手だから、わたしが丁寧に指導してやっているのに、拗ねてしまってな」
「はあ……」
「多分、店の裏にいるから、お前、行って来い。あいつがいないと課題にならん」
「ええー。ぼくも、お遣いで来ているんですけど」
「良いから行け。わたしは、団子屋の仕事で手が離せない」
とは言っても、店内は藤内とあとひとりしか客がおらず、そこまで忙しいようには見えなかった。なるほど単にお互い意地を張っているだけか、と藤内は理解した。
先輩の言うことには逆らえないので、仕方なく藤内は店の裏に回った。ざく、ざく、と奇妙な音が聞こえた。まさか、と思い音のする方に視線を向けると、そこには女物の着物を身につけて一心不乱に穴を掘る綾部の姿があった。
「あ、綾部先輩! 駄目ですよ、そんな格好で……うわああっ!」
綾部を止めようと走り出したら突然足元の地面が消え失せ、藤内は甲高い悲鳴をあげた。落とし穴だ、と理解する前に底に落ちた。どすん、と尻から着地して腰全体に痺れが走った。
「い……いたたた……」
腰をさすっていると、ひょいと綾部が穴の底を覗き込んだ。
「藤内? こんなところで何をしているの」
「綾部先輩、勘弁して下さいよ……」
深さはさほどないが、大きな穴であった。あの格好でよくこんな穴が掘れたな、と藤内は関心してしまった。
「今、そっちに行くね」
とう、という掛け声と共に綾部は穴の中に飛び込んだ。そして藤内に飛びつくように着地したので、衝撃で息が止まるかと思った。
「やあ、藤内」
綾部は藤内に顔を寄せ、軽く手を挙げた。その顔には薄化粧が施されており、顔だけ見れば大層な美女であった。しかし顔も手も着物も泥だらけだし、タカ丸さんが結い上げたと思われる髪も、無残に崩れてしまっている。滝夜叉丸先輩といい綾部先輩といい、どうしてこの方々はこうも残念なのだろう、と藤内は思った。
「綾部先輩、滝夜叉丸先輩が呼んでいましたよ」
「わたしは戻らないよ。滝夜叉丸、うるさいんだもの」
口を尖らせ、綾部はそっぽを向いた。藤内は困ってしまった。このまま手ぶらで戻っては、あの派手な先輩に何を言われるか分からない。仕方がないので、藤内は嘘をつくことにした。
「……滝夜叉丸先輩、さっきは言い過ぎた、っておっしゃってましたよ」
「嘘ばっかり」
「えっ?」
「藤内は嘘をついたらすぐに分かる」
「えっ、ええっ?」
あっさりと見抜かれ、藤内は大層動揺した。もしかして、顔に出ているのだろうか。やばい。忍者として、それはやばい。後学のために、自分の何がいけなかったのか綾部に尋ねたかったが、そこがぐっと我慢した。それよりも、彼を滝夜叉丸に引き渡さないと、藤内のお遣いも終わらない。
「でも、そういうところも愛らしい」
綾部は、藤内の額をまるく撫でた。頭ではなく額だ。意味が分からないし額がこそばゆいし綾部の言動が恥ずかしいしで、藤内の顔は一気に熱くなった。
「え……っ、いや、あの、そうではなくて……!」
時間切れ……!
オフで鉢雷女装を書いたばかりなんですが、何回書いてもオイシイですね女装は!
綾部編につづく、のですが、オチを全く考えていないのでどうしよう……という感じであります……!
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