■それは かげろう■
目の前が明滅した。
それで、はっと我に返った。ぼくは、ひやりとした床に横たわっている。からだが重く、だるい。視界がぼやける。思考がはっきりしない。視線を持ち上げた。目の前に誰かがいる。あぶらけの少ない髪の毛に、柔和な表情。
あ、ぼくだ。
そう考えてから、違うこれは三郎だ、と思い直す。鉢屋三郎。同じ五年ろ組の友人である。その三郎が、ぼくの顔を覗き込んでいる。
「……三、郎……?」
ぼくは、落ちてきそうになる瞼を懸命に持ち上げた。三郎が微笑む。
「…………っ?」
突然、がくん、と腰が跳ねた。本当に急なことだったので、一瞬、何が起こったのか分からなかった。視線を下に下ろす。そこでぼくは、信じられない光景を目にした。
ぼくの寝間着は大きくはだけていて、ほとんど帯の周りにまとわりついているだけになっていた。そして、三郎が、三郎の右手が、ぼくの下肢に……
「なん、ぁ……っ?」
ぼくは慌てて上半身を起こそうとした。そうしたら、三郎の左手がゆっくりとぼくの肩を押す。
「大丈夫だから、楽にしておいで」
三郎は優しく笑う。大丈夫、だなんて。冗談ではなかった。どうして、こんなことになっているんだ。ぼくはまともに見てしまった。三郎の白い手が、そこに絡みついているのを。そんな、三郎が、何で。
そもそも、ぼくたちは何をしていたのだっけ。必死になって思い返してみた。確か、ふたりで酒を呑んでいたはずだ。中在家先輩が、部屋に置いていると小平太が無尽蔵に呑んでしまうから……と言って分けて下さった酒である。それをちびちびやりながら、この間の試験のことや、お互いの委員会のことなんかを話していた。それから何がどうなって、こんなことになっているのだろう。
「…………っ」
三郎の指が動く。ぼくは喉をそらした。意味が分からない。恥ずかしい。恐ろしい。
重たい両手を動かして、三郎の手を退けようと努めた。しかし三郎はあっさりと、ぼくの手を押さえつけてしまう。
「い……っ、ぁ」
強く擦られて、ぼくは身をよじる。どうして、どうして、と頭の中はそればかりだった。
「どうしたの。今日はやけに暴れるね」
三郎が耳元で囁いてくる。その言葉に、ぼくは舌を噛みそうになった。
今日「は」?
それはどういうことなんだ。まるで、こういうことが過去に何度もあったかのような口ぶりではないか。そんなはずはない。だってぼくたちは共に学び遊ぶ友人同士で、こんな行為に及ぶような関係ではないのだ。
「ぁ、あ……っ」
ぼくの困惑とは裏腹に、身体は如実に反応し、たまらない衝動が腹の奥底から湧き上がってくる。
「雷蔵は、おれの手が好きだものねえ」
くつくつと三郎が笑う。ぼくの顔は瞬間的に燃え上がった。何故だか分からないが、その言葉が胸に深々と突き刺さったのだ。確かに、三郎の手をきれいだと褒めたことがある。指が長くて、爪だって、いつ見てきちんと整えられている。彼の言う通りぼくは、三郎の手が好きかもしれない。だけどそれは、それは、決してそういう意味ではない。
「三、郎……っ、も、……っ、や、め……っ」
ぼくは涙ながらに訴えた。認めたくないけれど、快楽に全身が押し潰されてしまいそうだった。しかし三郎は「大丈夫、大丈夫」と笑うばかりだ。ぼくは為す術もなく床に爪を立てる。
「……っ、あ、ぁ、あ……っ!」
内股を痙攣させ、三郎に触れられたままとうとう気をやってしまった。白濁が、三郎の手の中に溢れてゆく。友人の手を汚してしまった。それは絶望以外の何物でもなかった。
「はぁ……っ、は、あ……」
大きく息を吐き出し、ぼんやりと部屋の天井を見つめた。いつの間にか目に滲んでいた涙が、ゆっくりと頬を流れ落ちてゆく。
「大丈夫だよ、雷蔵」
三郎の優しい声音が、ぼくの胸を抉ってゆく。彼はそっとぼくの目元に手のひらをかぶせ、小さな声で言った。
「目が覚めたら、きみは何も覚えていないのだから」
その言葉の意味を考えるよりも早く、ぼくの意識は何処までも深い闇の中へと溶けていったのだった。
これの何処が「三郎の手に色気がある話だ」と言われたら、もう土下座するしかありません本当に!
しかも、頼まれてないのにR18です。すいません、めっちゃ楽しかった……。
裏テーマ(?)は「酔ってるときだけ恋人同士な鉢雷」でした。
この雷蔵は酔いが醒めちゃって正気の状態なので戸惑ってますが、まあ、酔っ払ったときだけそういう関係になってましたよ、っていう。
三郎も、普段は雷蔵への恋心は絶対に口にしないんですが、雷蔵が酔ってるときだけは自重しないんです。
でも、朝になったら何も言わない。
っていうのが書きたかった!
……このテーマはもうちょっと深く書いてみたい気がするので、いつか長編で書くかも書かないかも!
これリク下さったのが手フェチの方なので、ほんっと出来がこんなんで申し訳ないんですが、わたしはすごく楽しかったです……!
リク有難うございましたー!
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