■おまえはぼくのもの■

 ぼくは長屋の廊下を歩いていた。皿の上には、焼きたてであつあつの餅がふたつ。食堂のおばちゃんに焼いて貰ったものだ。つけあわせは、醤油と海苔。ふわふわあがる湯気と香ばしい香りに、ぼくはしぜんと笑顔になった。

 自室に入る。中で暇そうに寝転んでいた三郎が、身体を返してこちらを見る。まずぼくの顔、それから手元の皿、その中の餅の順に視線を走らせた。ぼくは笑って、餅を指さす。

「食べる?」

「食べる!」

 三郎は目を輝かせて、勢いよく身体を起こした。ぼくは皿を、床に置いた。それとほぼ同時に、ぱたぱたと複数の足音が近付いてくるのが聞こえた。

「鉢屋せんぱーい!」

 そう言って戸口から顔を覗かせたのは、一年は組の黒木庄左ヱ門だった。その側には、二郭伊助がいる。

「さっき、長屋の庭に先輩が作って下さった罠に、乱太郎と金吾が引っ掛かって抜けられなくなっちゃいました!」

 庄左ヱ門は困ったように言った。それを聞いて、ぼくは思わず三郎を軽く睨んだ。

「……お前、一年生に何を……」

「い、いや、違うよ! ごくごく簡単な罠の作り方を教えてやっただけさ。抜けられなくなるような、複雑な構造ではなかったはずだよ」

 三郎は慌ててそう言った。嘘を言っている様子ではなかった。伊助が、若干言いにくそうに口を開く。

「確かに簡単な罠だったんですが……金吾の刀が絡まってしまって……」

「乱太郎は不運で巻き込まれました」

 伊助の後を受け、庄左ヱ門がはきはきと続ける。成程そういうことか、とぼくは納得した。

「仕方無いなあ……。ごめん、雷蔵。ちょっと行ってくるよ」

 三郎は息を吐き出し、腰を上げた。咄嗟に「ぼくも行こうか?」と尋ねたけれど、彼は笑ってこう言った。

「ううん、すぐ済むから。餅が固くなる前に帰って来るよ。遅くなるようだったら、先に食べていて」

 そういうわけで、三郎は一年生ふたりに引っ張られて出て行った。部屋には、ぼくと、まだ湯気の立ち上っている餅が残された。

 三郎がああ言うのだから、きっとすぐに帰って来るのだろうと思い、餅には手を付けず待っていたが、彼はなかなか帰って来なかった。湯気がどんどん薄くなってゆく。折角、焼きたてだったのに。いや、だけど三郎は後輩の為に出て行ったのだ。まだ餅はあたたかいのだし、そんな風に心の狭いことを考えるのは止そう。

 もうしばらく待っても、三郎は帰って来なかった。餅が固くなる前に帰るのでは無かったか。おばちゃんが焼いてくれた餅は、随分とぬるくなってしまった。もう、先に食べてしまおうか。三郎もそう言っていた。いや、だけど、ひとりで食べるよりも三郎と一緒に食べた方が美味いに決まっている。

 ……もしかして、何かあったのだろうか。三郎のことだから大丈夫だとは思うけれど、少し心配になってきた。

 確か、場所は一年長屋の庭だと言っていた。ぼくは、様子を見に行って見ることにした。









「…………」

 一年長屋の庭で繰り広げられる光景を前に、ぼくは目を細めた。

 罠にかかって抜けられなくなったという金吾と乱太郎は無事に救出出来たらしく、彼らは一年は組の良い子たちと元気に庭を走り回っていた。鬼ごっこでもしているらしく、きゃあきゃあと楽しそうな笑い声をあげている。とても微笑ましい。いつもならば、ぼくは笑顔になっていたはずだ。しかし、今はそんな気分になれなかった。

 は組の良い子たちの、輪の中心に三郎がいるのである。彼は一年生たちに混じって、朗らかに笑っていた。

 彼がすぐに戻ってくると言うから、ぼくは餅を食わずに待っていたのに、 あいつは一年生と遊んでいるのある。

「あ、雷蔵!」

 三郎が、ぼくに気が付いた。ぼくは何を考える間もなく、踵を返して足早にその場から立ち去った。

「雷蔵!」

 三郎が追い掛けてくる。ぼくは歩調を早めた。

「遅くなっていて、ごめんよ。あの子たちが離してくれなくって」

 なんとも嬉しそうな顔でそんなことを言われて、ぼくはますます面白くなくなった。ぼくはひとりで、餅も食わずに三郎の帰りを待っていたのだ。





「無自覚にヤキモチを焼く雷蔵」
オチまでいけるかと思ったんですが、38分も使ってしまったんでちょっと流石にここで止めておきます……中途半端ですいません!
ヤキモチ焼いちゃう雷蔵さんとか、ときめきすぎて30分では表現しきれませんでした……!
あと、何でか分かんないですがわたし「餅を食う」っていうシチュエーションが好きみたいです。なんか……もちゃもちゃ食べてるとこ想像するとキュンってなる……!
リク有難うございましたー!