※雷蔵と三郎が一年生です。
■よる■
そのときぼくはまだ忍術学園に入ったばかりで、右も左も何も分からないほんのちっぽけな子どもだった。
毎日たくさん勉強をして身体を動かして忍術を学んでともだちと遊んでめいっぱい食べて寝て、それに変わり者の友達、鉢屋三郎とどうにか上手く付き合ってゆこうとあれこれ努力をする。そんな日々を送っていた。
慌ただしい毎日。ぼくはとても忙しかった。自分と三郎以外のことは何も考えられないくらいに。
だけどたまに、ふと故郷のことを思い出すことがあった。特に夜中、なんとなく目が覚め、寝ぼけて家族を呼ぼうとして、あっそうだここは家じゃないんだ、と気付いてしまった瞬間なんかもう駄目だった。たちまち、とてつもない寂しさに襲われ、身動きが取れなくなるのである。どうして自分はこんなところにいるのだろうと思う。どうして、ぼくの側に家族はいないのだろう。
ぼくは布団の中で指を折り、家を離れて何日になるのかを数えてみた。そして愕然とする。もう五十日以上も家に帰っていない。そして次に、夏休みまでの日にちを指で数えてみる。まだ五十日以上ある。それに絶望を覚える。それは幼いぼくにとって、とてつもなく長い時間だった。
「…………っ」
ぼくは布団の端を握り、かたく目を瞑った。鼻の奥がむずむずして、喉が熱くなった。故郷が恋しい。寂しい。どうしようもなく、寂しい。こんな夜を、あと五十回以上も過ごさないといけないのである。ぼくはそれが恐ろしくてならなかった。
「……雷蔵」
突然、頭上から静かな声が降ってきた。ぼくは目を開けた。すると、お面をつけた三郎がこちらを覗き込んでいるのが見え、思わず口から、ひゃっと小さな悲鳴が漏れた。彼のお面にもだいぶ慣れたつもりでいたけれど、不意に現われるとまだ吃驚する。
「泣きそうな顔をしているね」
三郎は、無神経にそんなことを言う。彼はいつだってそうだ。ぼくは唇を噛んで、頭を一度つよく振った。
「そ、そんなことないよ」
「どうして泣きそうなの」
彼はぼくの否定なんて聞いちゃいない。ぼくは困ってしまった。
「…………」
「ねえ、どうして」
「……家のことを……」
思い出して寂しくなったから、とぼくは小さな声で続けた。本当はこんなこと言いたくなかったけれど、三郎があんまりしつこいので仕方が無い。
「そう」
三郎は淡々と頷いて、ぼくの頭にぽんと手をのせた。それから、髪の毛をかき混ぜるようにして撫で始めた。それがあまりに心地よくていよいよ泣きそうになってしまったので、ぼくはやや乱暴に彼の手を払った。
「……もう、大丈夫だよ」
「雷蔵、子守唄でもうたってあげようか」
「いらない!」
ばかにされているのだと思って、ぼくは布団を頭からかぶって丸くなった。しばらく三郎は黙ってぼくの側で座っていたようだったけれど、少しして、彼も自分の布団に戻ってゆく気配がした。
ぼくは床の中で、頭を撫でる三郎の手の感触を思い出していた。いたわるような、とてもやさしい手付きだった。
ふと、もしかして、三郎も寂しかったんじゃないだろうか、と思った。根拠はないのだけれど、何となく。
そっと、布団から顔を出して隣を見やった。彼はこちらに背を向けていた。眠っているように見えた。
ぼくはそんな彼の背中に向かって、ごめんね三郎、とごく小さな声で言った。返事は返って来なかった。聞こえていたのかいないのか、ぼくには全く分からなかった。
「寂しいときだけ優しい鉢屋」ですが、うちの五年鉢屋は常時やさしいので、まだ人格形成が出来てない「開花の音」の時期まで遡って頂きました。
十歳で親元離れて修行生活なんて、鉄板でホームシックになりますよねえ……! という話です。
でも別に雷蔵一人称視点にする必要は無かった気がむんむんです。
「開花の音」が終了して、しばらく幼い鉢雷は書かないでおこうと思ってたんですが、うっかり書いてしまいました楽しい。
ちなみに「寂しいときだけ優しい〜」というのは、斉藤和義さんの歌の一部だそうです。
思わず歌詞を検索したら、ものっそい痺れましたビビビ。何これ鉢雷すぎる……!
それにそって書いてみたかったんですが、30分じゃちょっとわたしには無理だな……と思ったので、サクッと方向転換。こんな感じになりました。
そういうわけで、素敵なリクをありがとうございましたー!
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