■けものの王■
最初におかしくなったのは兵助だった。
何が原因なのかは、今でも分からない。食事に何かを盛られたのか。何者かが幻術にかけたのか。それとも、保健室から何らかの薬が漏れ出たのか。何処かの軍勢の襲撃を受けたような気もする。違うような気もする。
雷蔵は首を振った。よく分からない。一体、何が起こったのか。どうして、こんなことになったのか。しかし今となっては、原因などどうでも良いことだった。記憶だとか常識だとかまともな思考だとかが、少しずつ削ぎ落とされてゆくような感じがした。
みんな、おかしくなってしまった。もちろん、自分も。
雷蔵はぼやけそうになる視界をはっきりさせるために、もう一度きつく首を振った。空気が重い。足を一歩踏み出すと、ずるりと滑って転倒しそうになった。下方から、粘ついた生臭さが這い上がってくる。何に足を取られたのか、確認したくもない。
地面は見たくなかったので空を見た。視界いっぱいに広がる色彩は灰色だ。此処は本当に自分の学舎だろうかと思った。何処かで誰かの悲鳴が聞こえる。ああ、と口から息が漏れた。
「……雷蔵、此処に居たか」
背後から声をかけられた。雷蔵は振り返る。足を引きずって、八左ヱ門がやって来るのが見えた。手に、焦げた装束を持っている。忍術学園の制服ではなかった。やっぱり外部の襲撃を受けたのだっただろうか、と思った。
「兵助を見なかったか」
八左ヱ門は、うつろな目でそう尋ねた。雷蔵は眉を寄せる。いちばん最初におかしくなってしまった兵助。ああ、あんなに良い奴だったのに。いつも一緒に笑って、買い食いして、試験のやまを教えて貰ったり、代わりに掃除当番を代わってやったり。そんな日常が今では遠い。まるですべて夢だったみたいだ。
「八左ヱ門……」
何とも言えなくて、雷蔵は呟いた。八左ヱ門の視線が、ぐるりと不自然に動く。
「兵助を探さなさないと」
「もう止そう、八左ヱ門。あれは……」
あれはもう兵助じゃない、という言葉は口の外に出て来なかった。たまらなくなって、雷蔵は両手で八左ヱ門の装束を掴んだ。
「兵助を探さないと」
「八左ヱ門」
呼び掛けても、八左ヱ門はこちらを見なかった。
「兵助を」
「八左ヱ門……!」
必死で彼の名を呼ぶ。しかし八左ヱ門には全く聞こえていないようだった。
次の瞬間、八左ヱ門ははっとした表情になり、懐から取り出した苦無を一振りした。鋭い金属音が響き、何処からか飛んで来た手裏剣が地面に落ちて刺さる。
「雷蔵から離れろ」
低い声が、頭上から落ちてきた。声のした方を見やると、木の上から三郎がこちらを見下ろしていた。彼もまた、尋常でない目つきをしていた。八左ヱ門は、挑むように三郎を睨みつけた。
「三郎……」
雷蔵は、ふらつく頭を必死で起こしながら掠れた声で言った。膝が崩れそうになる。何だかとても空腹だった。それに喉も渇いている。頭がくらくらする。
「三、郎……、なに、を言っ……、八、左ヱ門、は……」
舌が回らない。目の前がちかちかする。雷蔵は激しく咳き込んだ。
「雷蔵、しっかりしろ……!」
何時の間にか木から下りてきたらしい三郎が、倒れそうになる雷蔵を抱きかかえるようにして支えた。頬に触れる彼の手がずいぶんとつめたくて、雷蔵は泣きたくなった。
だからどういう状況だよ、って話です。
よく分からないけれど、みんな狂ってしまいました! みたいなそんな!(ええー……)
八左ヱ門は兵助を探し続けてて、雷蔵はもうフラフラで、三郎は雷蔵好きすぎて他の皆が雷蔵に危害を加えるんじゃないかと疑心暗鬼になってます。
兵助は……ええと、豆腐食べてるんじゃないかな……。(急にギャグになった!)
ものすごい手探りっぷりですみません。
リクありがとうございました!
戻
|