■八割くらいは反則■


 猪名寺乱太郎は見た。確かに見た。深夜、厠から長屋に戻ろうとしていたときのことである。

 生い茂る木々の隙間から、小さな光が見えた。最初は、小松田さんか先生の、見回りの光かと思った。しかし、動きがどうもおかしい。くるくる回ったり上下にひらめいたり、まるで光が意思を持って遊んでいるようであった。

 乱太郎は薄気味悪くなった。駆け足で部屋に戻って、布団の中に潜り込みたかった。しかし何故か目はその光に吸い寄せられ、足はふらふらとそれに近付いていた。

 光は乱太郎に気付いているのかいないのか、不規則に動きながら逃げるように木々の間を移動した。乱太郎はそれを追い掛ける。追ってどうするのだろうと思うが、足が止まらない。せめて部屋に戻って、きり丸としんべヱを起こしてくれば良かったとも思うが、目が離せない。

 やがて、ふ、と光が消えた。いよいよ気持ち悪い。これ以上深追いするのは危険だろうか……と逡巡していると、突然背後から手をつかまれた。

「わあ!」

 乱太郎は飛び上がらんばかりに驚いて、慌てて後ろを振り返った。何時の間にか、誰かが背後に立っていた。

「だ……誰……?」

 震える声で尋ねるが、返事はなかった。闇の中、乱太郎はよくよく目をこらした。それはほっそりとした体型の少年だった。忍者装束でも寝間着でもない。質素な着物だ。白い膝が闇に浮かんでいた。足があることにほっとした。少なくとも、幽霊ではないらしい。

「……誰……?」

 もう一度呟き、顔を確認しようと更に目をこらす。何やら変な感じがした。妙に顔がつるんとしているような……。

 不思議に思っていると、突然、物凄い速さで少年が顔を近づけてきた。

「わ、わあ!!」

 乱太郎の口から悲鳴がほとばしる。彼が感じた違和感の正体が分かった。少年は、お面を着けていたのだった。白い、狐の顔を模したお面である。何故、誰が、何で、と頭の中がぐるぐるする。

 あまりに得体の知れないこの少年が恐ろしくて、乱太郎は後ずさった。すると、背中が何かやわらかなものにぶつかった。それは人のようであった。心臓がすっと冷える。

「…………」

 恐る恐る、乱太郎は後ろを振り返った。すると視界のど真ん中に、黒い狐のお面が飛び込んできて息を呑んだ。恐怖と混乱で、声が出ない。乱太郎は口をぱくぱくさせながら、無言でその場にへたり込んだ。

 白と黒の面を着けた少年たちは、手を持ち上げてお互いの指と指を絡ませた。そして、じゃれ合うような仕草で、面の口どうしを合わせた。こつん、と木の触れ合う音がする。

 乱太郎は何が何だか分からないが、魅入られたようにその光景を見つめていた。少年たちはしばらく顔を寄せ合っていたが、やがてふたり一斉に乱太郎の方を見た。その瞬間、乱太郎の背中に、びりっと痺れが走った。

「ひゃああああ!!」

 思い切り叫び声をあげ、こけつまろびつしながら乱太郎は長屋まで走って逃げた。恐ろしい。何だかよく分からないが、怖くて仕方が無かった。











「あっははは!」

「見た? 見た? 乱太郎の顔!」

「見た! さいっこう!」

 甲高い声で笑いながら、白い手が、黒い狐の面をはぎ取った。その下から現われたのは、頬を紅潮させた少女の顔だった。

「ユキちゃんてば、すっごい楽しそう」

 もうひとりも、白い狐の面を外した。そちらも、やはり少女であった。

「トモミちゃんこそ。それに、意外と男物の着物が似合ってる。かあっこいい」

 ふたりの少女は顔を見合わせ、ふふ、と笑った。

「さて、一年は点数が低いわ。もっと上の学年を恐車の術にかけて、一気に高得点を稼ぎたいところよね」

「……あ、そんなこと言ってたら、ひとり来た」

「あれは……三年の、三反田先輩?」

「また保健委員だし。ほんっと不運よね」

「ほんとに!」

「いっちゃう?」

「いっちゃえ!」

 ユキとトモミはもう一度笑い、狐の面をそれぞれ着けた。そのままお互いの健闘を祈るように、お面の口と口を合わせる。そうしてからふたりはしっかりと手を繋ぎ、眠そうな顔で厠から出て来た三反田数馬に駆け寄ったのであった。



少年やー言うてんのに、くのいちでごめんなさい……!!
いやあの、でも、乱太郎目線では「少年」なのでセーフかなという勝手な解釈です……!
キャラ自由、とのとこだったので、じゃあ意外な配役にしよう! と思った結果がこれです。
意外性じゃなく、萌えを追求なさい。
いやでも、女の子同士キャッキャしてるのって、わたしにとってはちょう萌えでございます。
なので、すっごい書いてて楽しかった……!
毎度、かゆいところに手が届かないリク消化っぷりですみません。
あれこれ楽しい想像が膨らむお題をありがとうございました!