■怪士丸は静かに座っていました■
「でっけえ!」
と思わず正直な感想を漏らしたら、横手から能勢久作の拳が飛んで来てきり丸の頭をごつんと叩いた。
「いってえ! 何するんすか!」
「馬鹿お前、先輩に向かって何失礼なこと言ってんだよ……!」
久作はきり丸に顔を寄せ、ひそひそ声で言った。きり丸は、打たれた頭をさすって顔をしかめた。
今日は、きり丸にとって初めての、図書委員の活動日だった。五年の不破雷蔵に図書委員長の中在家長次を紹介してもらった際に、先程の感想がつい出てしまったというわけだ。
だって本当に大きい。山のようだと思った。身長は、多分土井先生とそう変わらないと思うけれど、なんせ肩幅が広い。腰や手足が太い。どっしりとして逞しい居住まいに、きり丸はほうっとなってしまった。
長次は、きり丸のあけすけな物言いにも、何の反応も示さなかった。ただ静かに、本を読んでいる。
何だ怒ってないじゃんと思い、きり丸は長次に駆け寄って、分厚い筋肉で覆われた腕に触れた。視界の端で、久作がヒッと息を呑むのが見える。雷蔵は、止めるべきが止めざるべきか迷っているようだった。
「うわー先輩、腕も太いっすね! 良いなあ、良いなあ! これだけ良い体格してたら、洗濯のバイトとかあっという間に終わりそうだなー。良いなあー」
そう言ってはしゃぐきり丸の言葉にも眉ひとつ動かさず、長次は手元の図書に視線を落としている。聞いているのか聞いていないのか、よく分からない態度だった。しかしきり丸は、構わずに続ける。
「あ、先輩くらい逞しかったら、籠屋のバイトが出来ますよ! あれ、めちゃくちゃ給料良いって知ってました? おれ、すんごいやりたいんですよ」
でも、またガキだから出来ないんですよねーと続けて、きり丸は笑った。長次はやはり無表情で、本を読んでいる。久作と雷蔵のふたりは、はらはらした面持ちで彼らを見守っていた。
「石引きのバイトの方が良いかな。夫丸も出来るし、いや用心棒も捨てがたい……。うわーバイト選び放題ですね! 良いなあ! おれも、先輩みたいにおっきくなりたいなあ!」
そこで、長次がのっそりと顔を持ち上げた。そしてきり丸に向かって腕を伸ばす。久作が、小さく悲鳴をあげた。
長次は大きな手のひらで、きり丸の頭を軽く撫でた。
「……なれる」
そよ風のような、儚い囁きだった。しかしその声は、きちんときり丸の耳に届いた。きり丸はこの上なく嬉しくなって、顔を輝かせた。
「本当ですかっ?」
きらきらした眼で長次を見上げると、彼はしっかりと頷いた。それから、ふたたび薄く口を開く。
「……だけど、図書室では静かにしろ」
そう言って図書委員長は、きり丸の頭から手を離した。きり丸は長次のように大きくなれるというお墨付きが貰えたことが嬉しくて、元気よく
「はーい!」と返事をした。
後から久作に、「お前すごいな……」としきりに感心されたけれど、きり丸には何のことかよく分からなかった。それよりも、次の委員会のときには、彼がどうやってあそこまで大きくなったかを訊こう、とそのことで頭がいっぱいだった。
長次ときり丸のファーストコンタクト!
図書の話なのに怪士丸がいないように見えるので、タイトルで存在をアピール。
小さいきり丸はコツコツとしか稼げないので、大きな身体の長次に憧れてたら良いなーという話。
そしてあの物怖じしないアイアンハートで、長次にガンガン切り込んでゆくと良いな!
何故か書いたことのなかった組み合わせですが、すんごい楽しかったです。また書きたい!
リクエストありがとうございました!
戻
|