※このお話は「開花の音」の、その後のお話です


■蜜柑とぼくたち■


 何に対してそんなに腹を立てていたのか、今となっては思い出せない。恐らくは、些細なことの積み重ねだ。声を掛けたのに、八左ヱ門とのおしゃべりに夢中になって、振り向いてくれなかった。委員会のあと、一緒に遊ぼうと待ち合わせしていたのに、約束の時刻に遅れてきた……などなど、色々。多分。恐らく。

  理由をまったく覚えていないのに、そのときの情景は嫌になるくらい克明に覚えていた。季節は冬のはじめだった。風が冷たくて、空は灰色。枯れ木に残ったわずかな落ち葉が、危なっかしく揺らめいていた。場所は、長屋の縁側だ。そこで三郎は雷蔵とふたりで並んで座り、蜜柑を食べていた。

  そのときに、三郎は雷蔵に何かを言われた。それで……三郎は、衝動的に雷蔵の頬を平手で打ってしまったのだ。

 ぱん、と乾いた音がして、雷蔵の顔がくるんとあちらを向いた。そしてその頬がほんのり赤くなるのと同時に、彼の眼に涙が盛り上がった。

  三郎はしまった、と思ったが遅かった。雷蔵は声を上げて泣き出した。透明な涙がぱらぱらと落ちる。わああ、うわああん、という声が三郎の耳に突き刺さった。三郎にとって、雷蔵を泣かせてしまうことは「最悪の結果」だった。その「最悪の結果」が三郎の両肩と右手にのしかかり、彼はとてもとても重たい気持ちになった。










「はあ……」

 五年ろ組の鉢屋三郎は、長屋の縁側に腰をかけて、せつなげな溜め息をついた。

「どうしたの、三郎」

 隣に座って本を読んでいた同じく五年ろ組の不破雷蔵は、不思議そうな顔で三郎を見た。三郎はもう一度、細くて儚い吐息を漏らす。

「昔のことを思い出して、反省していたんだよ」

「反省? お前が? 珍しいこともあるもんだね」

「……きみは覚えていないかもしれないけれど、一年生のとき、此処できみを打ってしまったことがあったんだよ。だけど、どうしてそんなことをしたのか、覚えていないんだよね」

「ああ、あったねえ」

 雷蔵は笑って、本を閉じた。そして、このように続ける。

「ぼくは覚えているよ」

「本当に?」

「うん、とても理不尽だったから、覚えている」

「理不尽?」

「ぼくたち、蜜柑を食べていたろう? それで、お前の蜜柑を一房もらって、『ぼくのが甘い』って言ったら、いきなりお前に頬を打たれたんだ」

「…………」

「まったく、鉢屋三郎は心が狭いよねえ」

「い、いくらなんでも、おれはそんなことで怒りはしないよ!」

 雷蔵が笑い出したので、三郎は床板を手のひらでばんばんと叩いて抗議をした。雷蔵の蜜柑が甘かったから、彼を叩いた? そんな馬鹿な。いくらなんでも、そんな詰まらない理由で「最悪の結果」を招いてしまったわけがない!

「そうかい? 昔のお前は、割とそんなだったよ」

「嘘だあ!」

「本当だったら」







あああーーーーーん消化不良!! すいません!!
これはちょっとリベンジしたい……! 折角の「開花の音」番外編……!
うちの一年三郎はだいぶ暴君だったわけですが、五年三郎はそのへんのことあんまりよく覚えてないと思うんですよね……。
雷蔵がよく泣いてたことは覚えてて、「何であんなに泣いてたの?」とか言っちゃえば良い。そんで、「お前のせいだろうがあああ」ってキレられたら嬉しいです。わたしが。

折角素敵なお題を頂いたのに、うまいことまとめられなくてすみませんでした……!
いつか! リベンジ! します!!
リク有難うございましたー!