■腹痛え腹痛え腹いてえ■


 月が沈んでからが忍者の時間、闇夜は我らの味方だなどと最初にぬかしたのは何処のどいつだこんちくしょう。

 竹谷八左ヱ門は胸中で毒づき、足元の草を蹴散らし全力で駆けた。周囲は墨汁よりも濃い黒一色である。空気は凍り付くほどにつめたい。しかし八左ヱ門はずっと走り通しであるので、気温がまったく分からない。耳の奥が熱い。鼓膜が軋む。心臓が爆ぜてしまいそうだ。

 八左ヱ門は走る。走る。時折、体勢を崩しそうになりながらもとかく走る。走る。背後から忍び寄る影より逃れるため、走る。

 しかしどうやっても、追手を振り切ることが出来ない。どろりとした殺気が首筋と腰元に絡みついて離れない。ちくしょう、ともう一度心の中で吐き捨てた。

  ちくしょう、闇がおれの姿を隠してくれるんじゃなかったのか。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。

 八左ヱ門の頭は、そればかりで埋め尽くされていた。逃げ切ることは恐らく出来ない。しかし逃げるより他に道がない。投げ物も火器もとうに尽きてしまったし、連れて来た虫獣も全滅した。忍び刀は血と脂でもはや使い物にならない。

 夜気をかき分け、八左ヱ門は走る。走る。走る。もう、己の呼吸音を隠すこともかなわない。汗が目に入る。それでも走る。走る。

 そのとき、ぐん、と腕を後方に引かれた。鈍い衝撃に息が詰まる。方が抜けるかと思った。

「ぐ、あっ!」

 うめき声と共に、八左ヱ門は地面に転がった。思考より先に本能が働き、彼はすぐさま身を起こして再び逃走を試みた。

 直後、目の前の闇がゆらめいた。眼前に居る。そう認識した瞬間、ふたたび地面に突き倒された。

「つかまえた」

 楽しそうな声。黒い視界の真ん中で、包帯の白さがぼんやり浮き上がった。八左ヱ門は、ごくりと唾を飲み下した。

「やっぱり、若いと速いねえ」

 いやはや大したものだ、などと心のこもらない声で笑う。八左ヱ門は舌打ちをし、手で地面をさぐった。枝きれが指に触れる。迷わずそれを拾い上げて振り上げた。狙うは相手の目だ。

「おっと」

 しかし相手は容易く八左ヱ門の腕を掴み上げ、そのまま地面に思い切り叩きつけた。八左ヱ門の手から枝がこぼれる。ふっと、耳の側で風が起こった。次いで、ばちん、という音が頭の中で弾けた。一瞬、石でもぶつけられたかと思った。凄まじい威力の拳であった。

「……っ、か、あ……っ」

  視界があかく瞬く。奥歯がぐらつき、口の中に鉄の味が広がった。

「お行儀が悪いなあ」

 低く囁き、男が八左ヱ門の身体にのしかかってくる。身体の内側が、みるみる冷えてゆくのが分かった。 背中が震える。そうかこれが恐怖か、と思った。

「さてと、どうしてくれようかな」

 男はせせら笑い、八左ヱ門の襟元に手をかけた。楽しんでいるふうに見えた。

 鎖骨のあたりに、男の爪が食い込む。その痛みに八左ヱ門は顔をしかめた。そうしながら、もし自分が善法寺先輩であれば、見逃してもらえたのだろうかと、ちらりそんなことを考えた。






……小平太に追われる話とあんまり変わらない感じになってしまいました……。んんー難しいですね!
雑渡さんは圧倒的にジョーカー(オールマイティ敵無し)なので、非常に難しいです。
こう……独特の黒さとかかっこよさとかが……上手く出せんぜ……!
日々精進でありますな。
竹谷は、にんたまの中で1,2位を争うくらいに鼻血が似合うキャラだと思うので、ボコられ役が板についておりますね!(ひでえ!)
いやー楽しかったです!
30分なので、どういう状況なのかとか全部すっ飛ばして書いてしまいましたが、うんまあ……その辺はご想像にお任せします。雑!
そういう感じで、リク有難うございました!