(室町・くちづけ×片思い)

 ぼくは反省会に夢中になっていて、三郎の言葉を深く考えることなく聞き流していた。今日の結果を踏まえて、もっともっと成長したい。頭の中は、そればかりだった。

「原文は燃やしてしまったけれど、内容は覚えているよな」

 ぼくは地図に視線を戻し、今日たどった道筋を確認しながら言った。しかし、三郎は何も言わない。あれ? と思ってぼくは顔を上げた。

「どうしたんだ、三郎。まさか忘れたわけじゃ……」

 ぼくは言葉を切った。三郎の顔が、こちらに近付いて来たからだ。  

  あっ何か、避けた方が良い気がする。

 ……という考えが頭をよぎったが、間に合わなかった。気付けばぼくと三郎のくちびるは重なっていた。柔らかくて不思議な感触に、ぼくの頭に入っていた暗号やら今日歩いた地形やらが、一気に霧散した。  三郎のくちびるが離れた後、ぼくはしばし動けなかったし何も言えなかった。三郎は平然としていた。まるで、何もなかったみたいな顔をしている。

「……えっ、何?」

 しばらく沈黙を続けたのち、ぼくは言った。第一声が出るのに、随分と時間がかかった。

「ん?」

 三郎は不思議そうに目を瞬かせる。あまりにいつもと変わらない素振りなので、今の出来事はぼくの錯覚なんじゃないかとすら考えかけた。しかし、違う。現実だ。勘違いや夢のたぐいでは有り得ない。

「ん? じゃなくて。何? 今の」

 ぼくは、たどたどしく言った。先程の行動を起こした目的と、理由を教えて貰わないといけない。

 すると三郎は、きっちりと背筋を伸ばしてぼくを見た。

「あのね、雷蔵」

 いやにかしこまって言うので、ぼくもつられて姿勢を正した。彼は続ける。

「世の中には、仕方が無いことって沢山あるじゃないか」

「仕方が無いこと?」

「たとえばおれは一昨日、潮江先輩の背中にたんぽぽの綿毛を大量に突っ込もうとしたら物凄く怒られたけれど、それは仕方が無いことだよね?」

「それは……、そう……だね。というかお前、そんなことをしていたのか」

「うん。だから、そういうことだよ」

「いや……ちょっとまだ、よく……」

 そういうこと、と言われてもまったく呑み込めない。