■禁じられた遊び■
「……絶対に、おかしいと思うんだ」
「往生際が悪いなあ。いい加減、諦めなよ」
「ぼくは納得していない」
「男ふたり連れよりも、男女の方が怪しまれないからそうしよう、って事前に決めたじゃないか」
「それは、お前が女に化けてゆけば良い、って意味だろう」
「でも、じゃんけんで負けたのはきみだ」
「くそ、絶対におかしい」
「おなごが、そんな言葉を使ってはいけないよ」
笑いを噛み殺して三郎が言う。雷蔵は悔しくてならなかった。三郎はごく普通の私服姿だが、雷蔵は娘の格好をしていた。じゃんけんで負けたからだ。
雷蔵は女装が苦手であった。圧倒的に向いていない。大雑把な彼には女性の繊細な所作は難しいし、十四にもなれば体型や骨格を誤魔化すのも一苦労だ。その点、三郎はどんな変装でも難なくこなすのだから、今回の女装だって引き受けてくれれば良いのに、じゃんけんで決めようなどと言い出した。雷蔵が困るのを見て、楽しんでいるのである。なんという男だろう。
「標的から目を離すなよ、三郎」
「了解だけれど、もう少したおやかな物言いをしておくれよ、娘さん」
雷蔵は何も言わずに、三郎を睨んだ。彼は、くつくつ笑って肩をすくめた。
彼らは今、とある男を尾行している最中だった。特徴のない、風采の上がらない男。しかし彼は忍びである。奴は何処かで某城の軍事情報を間者から受け取るはずで、その現場を押さえることが今回の目的であった。
標的は賑やかな大通りを、ひょいひょい歩いた。時折立ち止まり、家族に買うという設定なのか、土産を選んでいるような素振りを見せる。
「あいつ、出会い茶屋で情報を受け取らないかな」
突然三郎がそんなことを言い出したので、「いきなり何だよ」と雷蔵は口を動かさずに返事をした。
「きみと一度、そういうところに入ってみたい」
その表情があまりに真剣だったので、雷蔵はすっかり呆れてしまった。
「何を言っているんだか」
「出会い茶屋は密会の定番だし、入るかもしれない」
「仮にあの男が出会い茶屋に入ったとしても、ぼくらが潜むのは屋根裏か床下だよ」
「分かっているよ。きみは夢がないなあ」
「お前の夢はおかしいよ」
「あ、ちょっと待って」
不意に三郎が立ち止まる。雷蔵も、それに倣って足を止めた。
「どうしたの、三郎」
「道がぬかるんでいる」
三郎は、地面を指さした。雷蔵の口から「はあ」と気の抜けた声が漏れた。確かに三郎が示す先は、大きな水たまりが広がり、泥でぐずぐずに荒れていた。
「昨日は、酷い雨だったからねえ」
頷いて、雷蔵はふたたび歩き出そうとした。しかし、「だから、待ちなってば」と、三郎に引き止められる。
「何だよ。早く行かないと」
「だけど、着物の裾が汚れてしまうよ」
「裾? そりゃあ汚れるだろうけれど、後で洗えば済むじゃないか」
何を言っているんだ、と思いつつそう返すと、三郎は大きく溜め息をついて首を横に振った。
「分かっていないなあ、きみは」
そう呟くと、三郎はやにわに雷蔵の脇と膝下に手を差し入れ、よいしょと彼の身体を抱き上げた。
まるで女みたいに抱えられて、雷蔵は羞恥で顔が一気に熱くなった。しかもこんな、真っ昼間の往来でである。周囲の視線を感じる。信じられない。
「ひゃああ!」
驚きと衝撃のあまり、口から妙に甲高い、女のような悲鳴が漏れた。それがまた一層恥ずかしい。自分の身なりも、三郎に抱えられているこの体勢も全てが恥ずかしくて、雷蔵の頭は恐慌状態に陥った。
「ばか! やめろ! 下ろせ!」
「う、うわ! 暴れるなって! 危ない!」
「嫌だ! 離せ! 下ろせ!」
「ちょ、ちょっと! 本当に危ない!」
それに標的に怪しまれるよ、という矢羽音が送られたが、それを受け取るような余裕は雷蔵にはなかった。
案の定、標的の男は何事かという顔で三郎たちを見やり、それ以降は過剰なまでに警戒し、結局その日は間者と接触せずに終わった。三郎と雷蔵は失敗したのである。
この失敗はどちらのせいか、というふたりの激しい論争は実に七日間続き、その争いは「学園史上もっともしょうもない七日間戦争」と名付けられ、忍術学園にて広く語り継がれることとなるのであった。
珍しく最後まで書けました!
忍務中に姫抱っこ。何度でも書きます女装ネタ。
出会い茶屋(=ラブホテル)は室町にはないっぽい!
まあそんなこともあるよね! なんちゃって室町!
お姫様抱っこは良いですね。そこには浪漫が詰まっている。
あと、いやいや女装する受は萌えるなあという話。
とても楽しかったです。リクありがとうございました!
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