■おなかすいたね■
乱太郎が洗濯物を干していたら、踏み鋤を担いで歩く綾部先輩の姿が見えた。「綾部先輩、こんにちは」と挨拶をしたら、先輩も「こんにちは、乱太郎」と返してくれた。
綾部先輩はこちらに向かってひょこひょことやって来て、乱太郎の側でしゃがみ込んだ。そして彼は、足元の土を指でいじり出した。それも無言で。一体何をしているのか気になったけれどどうにも聞けず、乱太郎は全く別なことを言った。
「綾部先輩は、この間の文化祭でぼくの父と母に会ったっておっしゃっていましたよね」
「うん、そうだよ。ご挨拶した」
綾部先輩は土から視線を外さずに、そう言った。乱太郎は首を傾げる。
「綾部先輩、ぼくのご両親のことご存知でしたっけ?」
「めがねだったもの」
「へ?」
「『めがねだ、めがねだ』と言っていたら、滝夜叉丸に頭をはたかれたのだけれどね」
「はあ……」
めがねだ、めがねだ。……そのときの情景が上手く想像出来なくて、乱太郎は曖昧に頷いた。
「めがねだったから乱太郎のお父上に違いないと、声をかけたらその通りだったんだよ」
「そ、そうだったんですか」
「乱太郎のお父上はめがねだねえ」
綾部先輩はやけに「めがね」ということに拘る。乱太郎は「はあ……」と小さく呟いた。めがねだねえ、と言われても困る。確かに彼の父はめがねをかけているのだけれど。
「お母上はまん丸な方だね」
綾部先輩は下を向いて土をいじっていたので、乱太郎からは彼の頭のとっぺんがよく見えた。まん丸の頭に、ゆるく波うった長い髷。
「そうですねえ。本人に言うと怒りますけど」
近頃また太った母の体型を思い浮かべ、乱太郎は苦笑した。若い頃は痩せていたんだから、というのが彼女の口癖だけれど、どうにも怪しい。
「煮物なんか上手そうなお顔立ちだった」
歌うような口調で綾部先輩が言った瞬間、乱太郎は思わず「わっ、すごい!」と大きな声をあげていた。そこで初めて、綾部先輩が顔を上げる。
「何が?」
「当たってます、それ。うちの母ちゃんが作る煮物は最高なんです」
乱太郎は、頬をほこほこさせながら言った。彼は、家に帰ったらいつも母ちゃんが作ってくれる、芋や大根の煮物が大好きだった。それらはとても美味しくて、煮物だけは食堂のおばちゃんよりもうちの母ちゃんの方が上手い、と乱太郎はこっそり思っていたのだった。綾部先輩はどうしてそれが分かったのだろう。千里眼でも持っているのだろうか。
「やっぱり、当たっていた」
綾部先輩は、気の抜けた声で言った。乱太郎は、ますます顔があたたかくなった。
「綾部先輩、今度食べにいらして下さい。うちの母ちゃんの煮物」
勢いに任せてそう言うと、綾部先輩は大きなまなこを瞬かせて黙り込んでしまった。
「…………」
そこで、乱太郎は不安になる。余計なことを言っただろうか。うちの母ちゃんのご飯、食べたくないのかな。
そうしたら、綾部先輩は口の両端をにいっと持ち上げて、こう言ったのだった。
「食べたい」
乱太郎はほっとして息を吐き出した。しかし綾部先輩が続けて「乱太郎のお家に穴を掘っても良い?」と続けたので「だっ駄目ですよ!!」と声を引っ繰り返して断固拒否したのだった。
綾部+乱太郎!
初めて書く組み合わせでした! たのしかったーー!
母ちゃんの料理自慢な乱太郎。
乱太郎の父ちゃんに向かって「めがねだ、めがね」とか言っちゃう綾部。多分指もさしてる。そんな綾部をぱっしん叩いて叱る滝夜叉丸!
上級生+は組の良い子おいしくて……!
普段エロばっか書いてることも忘れて、ちょっと清らかな気持ちになりました! 清らかなお題を有難うございました楽しかったー!
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