■眼前■


「きり丸、きり丸」

 戸が開けっ放しの職員室の前を通りかかったら、声をかけられた。土井先生だ。きり丸は足を止め、中を覗き込んだ。

「はあい、なんすか」

 土井先生はひとりで、日誌をつけているようだった。筆を置き、きり丸に微笑みかける。良い笑顔だったので、何かきり丸の喜びそうなこと……小銭をくれるとか、仕事の紹介をしてくれるとか、そんな用事かと期待したら、先生はまったく違うことを言った。

「ちょっと、山田先生を呼んできてくれないか。食堂におられると思うから」

「はあーい」

 喜ぶことどころか、ただの雑用だった。若干渋い気持ちになりながらも頷き、食堂に走る。

 土井先生の言うとおり、山田先生はそこにいた。お茶を飲みながら、おばちゃんと談笑しているところだった。きり丸は山田先生に駆け寄り、土井先生が呼んでいることを告げた。

「そうか、分かった」

 山田先生は軽く頷き、おばちゃんに湯呑みを返して立ち上がった。食堂の前で山田先生と別れる。しばらく歩いたところで、気が付いた。

 お駄賃を催促し忘れた。

 これは大事なことである。十中八九、無言で拳骨をもらうことになるだろうが、先程の土井先生は機嫌が良さそうだったので、もしかしたら何かもらえるかもしれない。言うだけならタダだ。職員室に戻って、強請ってみよう。

 きり丸は身体の向きを変え、職員室に向かって走った。











「まったく、世話の焼ける……」

 職員室の中から溜め息混じりの、山田先生の声が聞こえた。きり丸はそっと中を覗き込み、飛び上がりそうになった。土井先生が、しゃがみ込む山田先生にぐったりともたれかかっていたのである。先刻きり丸と会話したときは、しゃんとした姿勢で座っていたのに。

「……面目ないです……」

 弱々しい土井先生の声。これも、先程とは全然違う。

「だから、早めに切り上げて寝ろと言ったのに」

「おっしゃる通りで……」

「まったく動けんのか」

 山田先生は、脱力した土井先生の背中を軽く叩いた。土井先生は、ゆるゆると首を横に振る。

「無理です……」

「気合いを入れろ、気合いを」

「意地悪言わないで、部屋まで連れてって下さいよ……!」

「その前に医務室だ。……ほれ、つかまれ、半助」

 そう言って山田先生は、土井先生の腕を掴む。直後、土井先生が慌てた様子で顔を上げた。

「ええっ、いや、部屋で良いですよ。これくらい、一晩休めば治りますから」

「何をそんなに嫌がっとる」

「だって新野先生に怒られそうで……」

「お前さんね、子どもじゃないんだから」

 そこまで聞いたところで、きり丸はぴゃっと駆け出した。何故か、これ以上は見てはならない気がしたのだ。お駄賃を請求することなど、すっかり忘れてしまった。





なんとなく消化不良ですが30分経っちゃった……!
頂いたリクは「微妙にお互いを意識し始めた土井きり」だったんですが、きり丸→土井先生だけなうえに、微妙すぎるという……。
す、すみません!
双方がお互いを意識する話も考えかけてたんですが、めっちゃ長くなりそうで……!
あ、ちなみにこれは、山田×土井というわけではなく!
あの二人は親子っぽいと嬉しいです。
半助が、目上の人に対しては末っ子気質だったら可愛いな……という妄想が止まらない日々です。
リク有難うございました!