■ハンムラビ■
「だからおれは時間をずらそう、早く行こうって言ったんだよ」
乗客がぎゅうぎゅうにひしめく電車内で、鉢屋三郎は不服の呟きを漏らした。時間は朝の八時過ぎ。完膚無きまでにラッシュ時であった。
彼の向かいに立っていた不破雷蔵は、無言でその愚痴を聞き流した。先程から、何度も聞いているからである。 雷蔵だって好きこのんでこんな混雑した電車に乗っているわけではないのに、同じ話ばかりを繰り返されては苛立つだけである。
「雷蔵がきちんと時間どおり起きていれば、もっと空いた電車に乗れたのに」
「…………」
無視する。確かに雷蔵は、寝坊してしまった。それは動かしようのない事実だ。しかし、そもそもの原因は目の前のこの男にあるのだ。明日は早いからさっさと寝よう、と雷蔵は再三訴えたのに、それを無視して半ば無理矢理雷蔵を抱いた三郎が悪い。それで疲れてしまって、今朝はなかなか起きられなかったわけである。
「雷蔵、聞いてる?」
あまりにも三郎がしつこいので、いい加減腹が立ってきた。雷蔵はもぞもぞと手を動かし、三郎の手を探りあてて、彼の手の甲を思い切りつねってやった。
「いった……っ!」
三郎の顔が歪む。それで少し、胸がすっとした。
「……雷蔵、きみなあ……」
三郎が口を開きかけた瞬間、電車が大きく揺れた。その拍子に、三郎と雷蔵の身体が密着する。三郎の顔を間近で見たい気分ではなく、雷蔵は首を捻って明後日の方向を見た。その態度は三郎を更に憤慨させるだろうと分かっていたが、構わなかった。
そのときだった。三郎の手が動いた。仕返しに雷蔵の手をつねってくる気かと身構えたら、彼は雷蔵の履いているジーンズの合わせに指を這わせてきた。思わず、雷蔵の身体がびくりと震える。
「……いやいや」
半笑いになりつつ、雷蔵は首を横に振った。頬が引き攣る。
「何が?」
しれっとして、三郎は首をかしげる。そんなことを言いながらも、彼の指はジーンズの前をなぞり上げている。
三郎の奇行を止めようと手を伸ばしかけたところで、また電車が大きく揺れた。それで、両隣の客も揺れ、雷蔵の両手は乗客との間に挟まって動かなくなってしまった。
三郎はじりじりと、雷蔵のジーンズのファスナーを下げにかかってきた。雷蔵は焦る。本気か、こいつ。電車の中で、何を考えているんだ。
「あの、三郎。ぼくが悪かったよ」
もう、なりふり構っていられない。雷蔵は早口で謝った。
「お前はちゃんと起こそうとしてくれたのに、無視して眠りこけたのはぼくだものな」
だからもうこんなばかなことは止めよう、という気持ちを込めて三郎の顔をきちんと正面から見た。彼はにっこりと微笑んでいた。
「うんうん、分かってくれて嬉しいよ」
そんなことを言いながらも、彼はファスナーを最後まで下ろしてしまった。
「……いやいや、鉢屋くん。だからさ」
「うん、だから、分かってくれて嬉しいって言ってるじゃないか、不破くん」
三郎はにこやかに、下着越しにその部分に触れてきた。咄嗟に唇を噛んで、声が漏れそうになるのをどうにか堪える。引っ掻くように、三郎の指が動く。雷蔵は肩を震わせた。こんな状況だというのに、鈍い快感が内側がらせり上がって来る。
三郎があまりに執拗に撫で回してくるので、段々前が窮屈になってきた。頬が熱くて、前を向いていられない。雷蔵はうつむいて、TPOをまったくわきまえないこの行為を、どうやって止めるかを考えた。それ以前に、誰かに気付かれたらどうしよう。男が男に痴漢をされていて、しかもそのふたりは顔見知りであるなんて、恥ずかしいとかいう次元ですらない。生きてゆけない。
だというのに、三郎は涼しい顔で雷蔵の熱を弄ぶ。気持ちが良い。人前なのに。色んな意味で、泣きたくなってきた。
鉢雷痴漢プレイです。
残念ながら、途中で時間切れになってしまいました……!
でもまあ……そんな大した展開を用意しているわけでもないので……。
痴漢プレイって初めて書きました。良いね……ベタって良いよね……!! いやー楽しかったです。
周囲に気取られないようにと、健気に耐える雷蔵は良いですね。
あと、前半の険悪な鉢雷も是非書きたかったので、書けて良かったです。
ということで、リク有難うございました!
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