■お隣よろしいかしら■
「だから、さっきから何回も説明してんじゃん!」
八左ヱ門はそう言って、色あせた赤いテーブルを叩いた。放課後のラーメン屋である。後ろでは店員のおばちゃんが、忙しそうにばたばたと走り回っている。
八左ヱ門の向かいに座り、無料サービスのキムチをかじっていた勘右衛門は笑いながら、「お前の説明が分かりにくいんだよ!」と抗議をした。
ラーメンを待つ間、八左ヱ門が「面白い話があるから聞いてくれ」と言い出した。しかし勘右衛門には、何度聞いても状況が把握出来ないのだった。
「だからさあ、駅前のロータリーんとこに、こう薬局とクリーニング屋があって、そこの前にちょっとスペースあんじゃん! あそこで、雷蔵とふたりで三郎を待ってたんだよ!」
むきになった八左ヱ門は、テーブルに指で地形を書きつつ説明する。箸を置き、勘右衛門は頷いた。
「そこまでは分かったよ」
「で、こっちの方からこう、知らんオッサンが、これ、このコップがオッサンな! オッサンがこうやって、チャリでバーッてこっちに来たんだよ」
八左ヱ門はコップを掴み、テーブルの上を縦横無尽に走らせた。それを見た勘右衛門がのけぞって笑う。
「だからそれが分かんないんだって! どう考えてもこの軌道おかしいじゃん! それ、街路樹とか突っ切ってんじゃねえの」
「だってほんと、そんなだったんだって! これ、このおしぼりが、おれと雷蔵な、そこに向かって、こう!」
ふたり分のおしぼりを手に取り、八左ヱ門は勘右衛門の前にそれを置いた。そしてそこに向かって、コップを突っ込ませる。
「ズギャギャギャ! そんでぶつかる直前でストップ!」
「ねえよ!」
「あるんだって!」
「あのう、ここ、相席よろしいでしょうかあ?」
会話の隙間を縫って、店員のおばちゃんが声をかけてきた。八左ヱ門と勘右衛門が座っていたのは四人がけの席であった。彼らは「あっ、はい」 「いっすよ」と快活に答え、椅子に置いていた鞄を床に落とした。
「だから絶対それ嘘だろって。何者だよ、そのオッサン」
何よりも八左ヱ門の必死な様子がおかしい勘右衛門は、肩を震わせて箸を置いた。
「嘘じゃねえよ! 雷蔵に訊いてみろよ! それに、まだ続きがあんだって!」
「もう良いよ胡散臭いもんそれ!」
「相席失礼しまあす、こちらのお席どうぞう」
おばちゃんに案内されて、八左ヱ門たちのテーブルにふたりの男がやって来た。
「長次お前それ暑くない? 今日結構あったけえぞ」
何処かで聞いたことのある声だった。駅前に突如出現した変なオッサンの話に戻ろうとしていた八左ヱ門と勘右衛門は顔を上げた。そこにいたのは、同じ学校の上級生、食満先輩と中在家先輩だった。
「あっ」
「お、あ」
八左ヱ門と勘右衛門、ふたりして変な声が出た。相席するのが後輩だと気付いた食満は、「あ、よう」と軽く手を挙げた。それから、竹谷の隣にどすんと座った。
「ど、どもっす」
「ちっす」
ふたりは、めいめい頭を下げる。中在家は無言で、先程食満に「暑くない?」と指摘されていた黒のマフラーを外し、静かに勘右衛門の横に腰を下ろした。
「…………」
八左ヱ門は、何となく黙り込んだ。ふたりの心はひとつだった。
気まずい。
何で同じ学校の先輩と相席なんだ。嫌な先輩というわけではないけれど、体育祭のときにチラッと絡んだことがあるくらいで、さほど親しくない人たちである。気まずい。やりにくい。
駅前に突如出現した、自転車暴走オッサンの話を続行しづらいことこの上なかった。
「あー、何食おっかな」
そんな後輩たちの思いに気付かない食満は、メニューを取って、中在家にも見えるようにテーブルに置いた。
「なあ、お前ら、何頼んだ?」
突然食満が八左ヱ門たちの方を向いたので、ふたりは反射的に背筋を伸ばした。
「あ、味噌の大盛りっす」
まず八左ヱ門が答え、勘右衛門も「おれも、おんなじで」と頷く。食満は運ばれて来た水を飲み、
「ふーん、ここって味噌が美味いの? 初めて来たんだよな、おれら」
と首を傾げた。後輩ふたりは、「あ、はい」「美味いっすよ」とぎこちなく答える。本当に、やりにくい。無駄に緊張してしまう。
そこに店員のおばちゃんが、注文を取りに来た。食満は「あー」と声をあげならメニューにざっと目を走らせ、
「じゃあ醤油のチャーシュー増しで」
と言った。
(味噌食わねえのかよ!!)
と、八左ヱ門と勘右衛門は心の中で叫んだ。テレパシーなどなくても、互いの気持ちがはっきりと読み取れた瞬間であった。
「長次は何にすんの」
「塩」
中在家は小さく答えた。
(あんたもか!!)
八左ヱ門と勘右衛門の、心の声がシンクロする。おばちゃんは伝票に鉛筆を走らせ、厨房に向かって声を張り上げた。
「醤油チャーシュー増し、塩ひとつー!」
「現パロ五年と六年がだらだらしてる話」
とオールキャラを動かす自信が無かったので、四人抜粋で失礼します。人選はアミダです。
何かこう、仲悪くないけど良くもなく、「上の学年がいたらやりづらいな……」って思ってる五年が好きなので、こんな感じになりました。
お、オチが無いぞ……!!
明らかに、最初の勘ちゃんと竹谷の会話に時間を使いすぎである。
いやあ、匂わすだけでも鉢雷の存在を誇示したくって……。
こういう、何でも無い日常の話を書くのが大好きなので、とても楽しかったです!
しかしあんまりだらだらしてないな……。
ともあれ、リクエスト有難うございました!
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