■恋と何かの境界線■

 蝉が鳴く。空が青い。雲は白い。風は無い。絶望的だ。

 竹谷八左ヱ門は、久々知兵助の部屋で呆然と天井を見上げていた。自室があまりに暑く、もしかしたら他の部屋はなんぼかマシなのではないかと兵助の部屋に転がり込んでみたが、あまり変わらなかった。何処に行ったって、暑いものは暑い。

 この部屋の主は、文机で何やら書き物をしていた。墨の匂いが鼻をくすぐる。八左ヱ門は、手の甲で額の汗を拭った。拭っても拭っても、汗が噴き出してきてかなわない。

「……好きだ、兵助」

 発作的に、八左ヱ門は兵助の背中に言葉をかけた。ほとんど間髪を入れず、 「おう」という淡白な返事が返ってくる。

「めおとになろう」

「そうだな」

 八左ヱ門の戯言に兵助はあっさりと頷いて、さらさらと筆を走らせる。こちらの方はちらりとも見ない。八左ヱ門はもう一度、額の汗を拭った。

「ああー、くそ暑い!」

 大きな声をあげて、床にごろりと寝転んだ。汗ばんだ身体と床板が密着する。残念ながら、あまり気持ち良くはなかった。

「暑いな」

 ちっともそうは思えない涼しげな声で、兵助は言った。本当にこいつは暑いと思っているのだろうか、と八左ヱ門は不思議になりつつ口を開いた。

「暑い。思わず、兵助に求婚してしまうくらいには暑い」

「気持ちは分かるよ」

「なあ兵助、さっきから何書いてんの?」

 八左ヱ門は首を回して、兵助の方を見た。彼は「んー」と言いながら、筆を墨にひたした。

「恋文」

 兵助の答えに、八左ヱ門は目を瞬かせた。何も考えずに、 「おれへの?」と尋ねる。すると兵助は、すぐに首を縦に振った。

「そうそう、お前への」

 八左ヱ門は身体を起こした。ずりずりと膝で兵助に近付き、彼が筆を紙から離した瞬間を狙って肩にのしかかる。

「あっつ!」

 兵助は、嫌そうな声をあげた。流石の彼も、密着されると暑いらしい。八左ヱ門も暑かったが構わずに、彼の肩越しに机の上を覗き込む。それは恋文なんて艶めいたものではなく、火薬委員会の活動報告書のようだった。

「違うじゃん。この、嘘つきめ」

 八左ヱ門は顔をしかめて、兵助の首に腕を回した。うわっ、と兵助が悲鳴をあげる。

「何だよ、八左ヱ門。恋文、欲しかったのかよ」

「…………」

 八左ヱ門は一瞬黙った。兵助がこちらを振り返る。大きな目が視界の真ん中に現われた。八左ヱ門はその目をじっと見た。兵助も、まっすぐ八左ヱ門の目を見返してくる。

「まっさかあ」

 ややあって、八左ヱ門は笑ってそう言った。兵助も 「だよなあ」と軽く笑う。八左ヱ門は兵助から腕を離し、再び横になった。

「あっついなあ……」

 小声で呟き、開け放された障子の向こうを見やる。まだまだ、夏は始まったばかりであった。



竹谷と久々知でCP話を書くなら、友情の枠を越えそうで越えない……くらいが良いな、って思いました。
……しかし、友情の枠を越えないなら、それはCPでなく友情だべ?
(自分で書きながら気付いた)
ということで、友情がいちばんだと思います! うん!!