■さわるこだれだ■
父に、母からの伝言を伝えるために忍術学園に寄ったら、運悪く一年は組の良い子たちにつかまってしまった。
「わあ、利吉さんだあ!」
「利吉さんこんにちはー!」
「山田先生にご用ですかあっ?」
「今日もお仕事なんですかっ?」
「お給料はいくらですかあ!」
「利吉さん、ここの読み方教えて下さい」
「ナメクジは好きですか?」
父の教え子たちは、きゃあきゃあと甲高い声をあげながら利吉を取り囲み、べたべたと触ってくる。素直で元気で健やかで、とても良い子たちだと思うが、こう一斉に攻めてこられては利吉も閉口してしまう。
「き、きみたち、ちょっと落ち着きなさい」
そう言ってみるが全く効果はなく、良い子たちはわあわあとより一層歓声を大きくして利吉の腕やら背中やらを触る。身を捩って逃れようとしても、笑いながら追い掛けてくる。やがて一本の腕が利吉の胸元から着物の中に滑り込んで来て、彼は「うわあ!」と大声をあげた。
「こら、何処を触って……って、おい」
利吉は、着物の中に進入してきた腕をがっしと掴んだ。一年にしては随分と太い腕。視線をずらすと、そこにはしんべヱの顔があった。やけに背の高い、そして均整のとれた体つきをしたしんべヱであった。
「どさくさに紛れて何をやっているんだ、五年生の鉢屋三郎くん」
目を細めてそう言うと、周りで子どもたちが「鉢屋先輩だ!」「またしんべヱの顔を使ってる!」と口々に言い立てた。目の前の偽しんべヱは、小首をかしげてへらりと笑った。
「あっれー、ばれちゃいました?」
「ばれちゃいました、じゃないだろう」
「あ、というか利吉さん、わたしの名前をご存知なんですね」
嬉しいなあ、と三郎は笑った。
「ああ知っているさ。変装名人で成績優秀、だけど変わり者で手の焼ける鉢屋三郎くんだろう」
「それ、山田先生がおっしゃったんですか? 酷いなあ」
「そんなことより、一年生に混じって何をしてるんだ」
利吉は呆れて、ため息をついた。三郎は顔を両手で覆って、ごそごそと顔をいじった。次に顔を上げたときには彼は利吉の顔をしていて、利吉は一瞬のけぞりそうになった。三郎は爽やかな笑顔で、利吉に顔を寄せてきた。自分と同じ顔が目の前にあるというのは、なんとも気持ちの悪い光景だった。
「いやあ、今をときめく売れっ子フリー忍者の山田利吉さんに、わたしも触っておきたいなあと思って。御利益がありそうじゃないですか」
「それできみは、人の着物に手を入れるのか。何を考えているんだ」
「何も考えていません」
三郎はきりっとした表情を作って即答した。利吉は頭痛を覚えて頭を押さえた。掴んでいた三郎の手を離し、乱れてしまった襟元を正す。
「……とにかく、一年生の前で妙な真似はしないように。教育に悪い」
「あれっ、それじゃあ、ふたりきりだったら良いんですか?」
「誰がそんなことを言った!」
三郎の言葉にぎょっとして慌てて否定すると、彼はさもおかしそうに笑い声をあげた。
「あっはは、利吉さんて結構可愛いですね」
三郎はそう言ってから、ぽかんとして彼らの会話を聞いていた一年は組の良い子たちを振り返った。反論しようと口を開きかける利吉を制するように、三郎は朗々たる声でこう述べた。
「諸君! 我らが利吉さんが奢ってくれるらしいぞ! 食堂へ急げ!」
それを聞いて、子どもたちの顔がいっせいに輝いた。
「わあい!」
「やったあ!」
「おれあんみつ!」
「ぼくもー!」
子どもたちはめいめい叫びながら、食堂に向かって走り出した。三郎も一緒になって、はしゃいだ声をあげながら走る。
「こ、こら! 誰がそんなことを言っ……」
利吉は必死で子どもたちを止めようとしたが、静止の声は彼らの耳には一切入らない。つかまえようにも、利吉の腕は二本しかないのに対し、子どもたちは十一人もいる。
「この……っ、鉢屋ァ!」
たまらずに利吉は拳を握り締め、ことの元凶である鉢屋三郎に向かって手を伸ばした。しかし三郎は身軽な動作でそれを避け、こちらを振り向いて片目を瞑ってみせたのだった。
おしまい!
26分。ちょっと余りました。
変人天才に振り回されるエリート……楽しかった……!
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