■ふっては ふっては■


  雷蔵は、あまりの寒さに目を覚ました。低い声で呻きながらどうにか布団から這い出し、雨戸を開ける。瞬間、強い光が目に刺さり、咄嗟に目を細めた。

「うわあ……」

 雷蔵は思わず声を漏らした。庭は分厚く降り積もった雪で、白銀に輝いていた。圧倒的な白さに、息を呑む。雷蔵は、布団から出て来る気配のない三郎を振り返った。

「三郎、雪だよ」

「そう……」

 弾んだ声で雷蔵は告げるが、友人の反応は鈍かった。頭からふとんをかぶり、外に背を向けるように寝返りを打つ。

「ほら、見てみなよ。辺り一面真っ白で、すごく綺麗だよ」

 雷蔵は、布団の上から三郎の身体を揺すった。布団をほんの少しだけ持ち上げて、三郎が顔を出す。そして雷蔵の肩越しに外の景色を見、露骨に眉をしかめた。

「随分と積もったんだな」

「昨日の夜から、ずっと降ってたもんね。何だかわくわくするよね」

 雷蔵は微笑んだ。ぴりぴりと痛いほどの冷気が頬に刺さるが、それすらも心地よかった。しかし三郎は、舌打ちでもしそうな表情になる。

「最悪だ。これで今日の午前中は、ずっと雪かきだぜ」

「ああ、確かにそれは、ちょっと嫌かも」

「だろう? 雪なんて降らなければいいのに」

「三郎、意外と寒がりだもんね。雪は嫌い?」

「嫌いだよ。寒いし歩きにくいし、いいことなんて一つもない」

「そこまで言わなくても……ん?」

 雷蔵は耳を澄ませた。外からきゃあきゃあと楽しそうな、甲高い声が聞こえてくる。廊下に半身を乗り出して辺りを窺うと、庭を転げ回る水色の装束が目に入った。

「三郎、一年は組が外で雪合戦してる」

「このくそ寒い中、酔狂なことだな」

 ようやく身体を起こした三郎が、髪の毛をまとめながらぶっきらぼうに答えた。

「楽しそうだよ、ほら」

 そう言って笑い、雷蔵は手招きをする。三郎は白い溜め息をつき、仕方なしという風に立ち上がって雷蔵の隣に並んだ。雷蔵の指さす先に、確かに一年は組の面々の、はしゃぎ回る姿が見えた。二組に分かれて戦っているらしく、せわしなく雪玉と歓声、そして悲鳴が行き交っていた。

「虎若が随分と大きな雪玉を作ってる。あんなの持ち上げられるのかな」

 雷蔵が目を見開き、己の腰までありそうな雪玉を作る虎若を示した。雪合戦に使うというよりは、雪だるまでも作りそうな大きさだ。しかし虎若は「うおおお」と気合いを入れ、大雪玉を抱え上げた。周りにいた生徒たちが、おおっと嘆息を漏らす。

「あっ、投げた。凄いね、虎若は力持ちだ」

「でも、誰にも当たってないぞ」

 三郎が呆れた様子で呟く。虎若の投げた雪玉は明後日の方向に飛び、木にぶつかって砕けてしまった。

「あそこにいる子、誰だっけ」

 雷蔵はそう言って、せっせと雪玉を作り溜めている子どもを指さした。三郎はその少年の姿を確認し、「ああ」と頷く。

「あれは伊助だろ。火薬委員の」

「そうだ、兵助んとこの子だ。几帳面に作ってるね。……その向こうで、雪玉に細工してるのは……」

「兵太夫と三治郎だろう」

 兵太夫と三治郎は顔を見合わせ、何やら含みのある笑いを浮かべていた。彼らの手元はこちらからではよく見えず、何やら怪しい雰囲気を醸していた。

「……雪玉に、何を入れてるんだろう……。何か、やばそうな感じがするけど……」

「……さあ……」

 二人はなんとなく押し黙った。

 兵太夫と三治郎の作成した謎雪玉を、いたずらっぽく笑った団蔵と金吾が数個つかみ上げ、大きく振りかぶって思い切り投げた。雪玉は弧を描いて鋭く飛び、その内のひとつがナメクジたちの点呼を取っていた喜三太の頭に命中した。

「きゃあああ、何これええ!」

 悲痛な喜三太の叫び声が、庭に響き渡った。

 結局雪玉にどんな仕掛けがされていたのかは分からなかったが、その声で謎雪玉の恐怖は十二分に伝わった。

「……三郎のとこの、庄左ヱ門は何処にいる? 見当たらないけど」

 気を取り直すように言って、雷蔵はきょろきょろと辺りを見回した。

「あいつは参謀だから、前線にはいないんじゃないか」

「成程、後方で指揮を執ってるわけか。流石だね」

「きり丸、雪玉を投げながら何かにやにやしてるな」

「ああ……あれは、金儲けのことを考えてる顔だ」

「その横でしんべヱが、雪に蜜をかけて食ってる」

「ふふ、しんべヱはいつも何かを食べてるね。……あっ、虎若の大雪玉が乱太郎に命中した」

 雷蔵は声を大きくした。巨大な雪玉をまともに食らった乱太郎が、地面に倒れ込む。それを見て、三郎が声を上げて笑った。

「あははは、何処までが雪で、何処からか乱太郎なのか分からない」

「相変わらず不運だなあ……」

 気の毒に、と雷蔵は苦笑いをした。

「ははは、流石保健委員だ」

 三郎は身体を折り曲げ、大笑いだ。それを見て雷蔵は、「三郎、笑いすぎだよ」と渋い顔をする。

「……そうだ」

 突然雷蔵が声をあげ、身を翻して部屋に戻った。

「雷蔵?」

 三郎が部屋の中に顔を突っ込むと、既に身支度を調えた雷蔵が飛び出して来る。彼は身軽な動作で、ひらりと庭に降り立った。

「ぼくも、混ぜてもらってくる!」

「え? おい!」

 瞬きする三郎をよそに、雷蔵は一年は組たちに向かって走って行った。


「あ、不破雷蔵先輩だ!」

「雷蔵先輩、おはようございまーす!」

「おはようございます!」

 一年は組の生徒たちは一旦雪合戦の手を止め、長屋から出て来た雷蔵に向かって、口々に挨拶をした。全員頬も鼻も真っ赤で、いきいきとした表情をしている。そんな彼らを見て、雷蔵は言いようのない幸福感に包まれた。

「おはよう。ぼくも仲間に入れてもらえないかな?」

 そう言うと小さな後輩たちは、わあっという歓声とともに目を輝かせた。

「雷蔵先輩、ぼくたちの組に入って下さい!」

 一番に声をあげ、雷蔵の腰に飛びついたのは乱太郎だった。頭と肩にまだ、虎若から食らった雪が残っている。

「あ、ずるいぞ乱太郎!」

「雷蔵先輩、こっちに入って下さいよ!」

 反対側から金吾が雷蔵の袴を引っ張り、庄左ヱ門が袖を掴む。雷蔵は楽しくなって笑い声をあげた。

「こら、お前たち。そんなこと言ってる暇があったら、さっさと雪玉を作れ雪玉を」

 ざくざくという足音と共に、よく通る声が響いた。三郎が、大股でこちらに歩いてくるところだった。

「あれ、三郎」

「鉢屋三郎先輩!」

 は組の子どもたちが声を大きくする。

「雷蔵が乱太郎の組に入るなら、おれはこっちだ。お前ら、作戦会議するぞ作戦会議!」

 そう言って、さっさと子どもたちを集合させる三郎に、雷蔵は「三郎!」と声をかけた。

「雪は嫌いなんじゃなかったの?」

 声に若干の皮肉を滲ませて雷蔵がそう言うと、三郎はにやりと笑った。

「誰がそんなこと言った?」

 三郎は、いつの間にやらこしらえていた雪玉を雷蔵に向かって投げた。

「うわっ!」

 不意を突かれた雷蔵は、顔面にまともに雪玉を食らってしまった。

「おれは雪が大好きだ!」

 楽しそうな笑い声と共に、三郎の弾んだ声が響き渡った。


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は組を見てテンション上がる三郎が、書きたかった、ん、です……!