■おやすみすやすや■


 三日間の夜営訓練が明けたと思ったら、月に一度回ってくる寝ずの番が当り、翌日は学園長のおつかいで朝から遠くの街まで出掛けなければならず、夜遅くに帰って来たら鍛錬中の上級生が五年長屋の屋根をぶち抜いてその補修に朝までかかった。その日の教科の授業中に寝ようと思ったら教科の先生が急用で休み、急遽朝から一日実技の授業になった。

「だから! おれは! 全然寝ていないんだよ!」

 鉢屋三郎は妙にぎらついた目をして、手で床をばんばんと叩いた。

「う、うん、そうだよね、お疲れ様」

 雷蔵は、すっかり気圧されていた。何せ、三郎の表情は尋常でなく鬼気迫っている。しかし、ここ数日の彼の過酷な生活を思えば、それも仕方の無いことである。雷蔵は、心から三郎に同情した。せめて寝ずの番は交代してやれば良かった。

「そういうわけで! おれは寝るよ!」

 三郎は相変わらず、手で床板を打ち鳴らしている。雷蔵は、そんないちいち大声を出さなくても……と思ったけれど、何も言わなかった。あまりに寝ていないから、少し変になってしまっているのだ。それもまた、仕方が無い。

 しかし、寝ると宣言した割には三郎が一向に横にならないので、雷蔵は妙に思った。相変わらず、手のひらで床を叩いている。

「……三郎、あの、大丈夫……?」

 こわごわ声をかけたら、三郎の目がぎらりと光った。

「雷蔵っ、膝!」

「は? 膝?」

  三郎の言うことが理解出来ないのと、彼の様子が少し怖いので、雷蔵の声はどんどん小さくなった。反対に、三郎の声は大きくなる。

「膝! 貸して!」

 やっと理解出来た。膝。膝枕か。この男は、ぼくに膝枕を要求しているのか。

 いつもならば、膝枕なんて絶対に許さないし、巫山戯たことを言うなと拳骨の一発でもくれてやるのだけれど、今の三郎を見ていると、どうにも拒絶出来ない雰囲気であった。なんせ今朝から、彼が瞬きをしているところを一度も見ていない。なので雷蔵は思わずきっちりと正座をして、「ど、どうぞ」と自分の膝を両手で指し示した。

 三郎は、真面目な顔で「うん」とひとつ頷いた。そして頭を一度、大きく揺らしたかと思うと突然ばったりと、雷蔵の膝に向かって倒れ込んだのだった。

「う、うわ……!」

 その勢いに、雷蔵の身体はぐらりと傾いた。体勢を立て直して、膝に頭をのせている三郎を見る。彼は目を閉じ、微かな寝息を漏らしていた。

「…………」

 急に静かになった三郎に戸惑って、思わず、彼の顔の前で手を振った。ぴくりともしない。返ってくるのは、小さな呼吸音のみだ。眠っている。それも、相当深く。

「……ほんと、ここ数日、大変だったもんねえ」

 雷蔵は呟き、三郎の前髪に触れた。彼は完全に雷蔵に身体を預け、熟睡している。

  この男はいつも雷蔵より早く起きるので、こんな風に、じっくり寝顔を見る機会もそうそう無い。何だか新鮮である。折角なので、雷蔵はまじまじと彼の寝姿を見つめることにした。

 三郎は、とても静かに眠っている。そして、身じろぎひとつしない。たまに、死んでいるんじゃないかと不安になって、口元に手を持って行って呼吸の有無を確かめてしまうくらいだ。

 最初はただ見ているだけでもそれなりに楽しかったけれど、しばらくするとそれにも飽きてしまった。それに、膝が塞がっているので立ち上がることが出来ない。机の上に置いてある、読みかけの本を取ることもかなわないのである。

 それに、この状況で誰かが部屋を訪ねてきたらどうしよう。流石にこれは恥ずかしい。雷蔵自身の恥は勿論のこと、成績優秀で変装名人、不敗神話まで持っている鉢屋三郎が、男の膝枕で熟睡しているなんてところを、他者に晒すわけにはいかない。

「ああもう、何で膝枕なんか……」

 雷蔵は愚痴りかけたが、三郎があまりに気持ち良く眠っているので、その姿を見たら何も言えなくなってしまう。それに、あの警戒心の強い三郎が、自分には安心して身を投げ出しているのだと思うと、少し嬉しい。そして嬉しいと思うことが、僅かに悔しかった。

「……ほんとに、今日だけだからね、三郎」

 そう言って、雷蔵はそっと三郎の唇に触れた。すると彼の口から、うう、と変な呻きが漏れた。それが可笑しくて、雷蔵は小さく笑った。





昼寝をする三郎と、それを見守る雷蔵の話。
おおー29分です!
頼まれてもないのに、勝手に膝枕のオプションをつけさせて頂きました。えへへー。
うちの雷蔵さんは、過剰なスキンシップにはいい顔をしないけれど、勢いよく攻められたら割とノッちゃうと思います。
そんで三郎さんは、疲れすぎて膝枕に至るまでの過程を覚えていなくて、起きてから「!?」てなれば良い!
そんで、膝枕なんて許してもらえるわけがない、って分かってるから、どうしようめっちゃ怒られる……とかびくびくするんですが、雷蔵は笑顔で「あ、起きた?」とかなんとか思いの外優しいので、調子に乗ってそのまま雷蔵の股間に顔を埋めようとして、おもっきししばかれると良いです。

……あれ? 何故か変な方向に……
何か……すいません……!

リク有難うございました!