■流るるなんだの奥へと■
雷蔵は息を詰めた。指と舌で慣らされた内部に、三郎が入って来る。熱い。苦しい。熱い。熱い。
「……っ、あっ、あッ」
床に爪を立て、全身を襲う衝撃に耐える。熱の塊が粘膜を掻き分け、中を擦る。その感覚に、肌が粟立った。自分の意志とは全く関係なく、がくがくと腰が震える。
三郎は熱い指を、遊ぶように雷蔵の肋骨に滑らせた。
「は……っ」
身体の内側と外側、両方に震えが走る。雷蔵は、思わず手で顔を覆った。三郎はその手を取り、彼の潤んだ目を覗き込む。
「……雷蔵、平気?」
気遣わしげに尋ねる三郎に、頷きを返した。三郎は微かに笑い、持ち上げた雷蔵のふくらはぎに舌を這わせた。
「あ……、う……あっ」
雷蔵は喉を震わせた。三郎がゆっくりと動き始める。体内を行き来する熱に、雷蔵の口から切なげな声が漏れる。慣らすときに塗り込められた油が、溢れ出して湿った音を立てた。その音が雷蔵の快感を煽る。
羞恥に目を閉じてかぶりを振る雷蔵の頬に、何処からかほたりと冷たい雫が落ちて来た。反射的に、雷蔵は瞼を上げた。彼の目尻に、またも水の粒が落ちてくる。
三郎が、泣いている。悲しそうに顔を歪め、その双眸から涙を流している。
雷蔵の心臓は跳ねた。一体どうして彼が泣いているのか、全く見当がつかない。先程まで笑っていたのに。
「……三、郎……?」
雷蔵は、掠れた声で呟いた。すると三郎はハッと、夢から覚めたような表情になった。そして、首をかしげる。
「何、雷蔵」
「何を、泣いているの」
「え?」
三郎は驚き声をあげ、頬に手を当てた。雷蔵に言われて初めて、自分が泣いていることに気が付いたみたいだった。
「悲しい、の……?」
雷蔵は手を伸ばして、三郎の手に重ねた。指先に、彼の涙の冷たさが触れる。すると彼はゆるやかに首を横に振った。
「ううん」
「本当に?」
「だってこうして雷蔵と抱き合っているのに、何を悲しむことがあるの」
三郎は微笑んだ。しかし雷蔵は納得出来なかった。そう言う三郎の頬は、未だ彼の涙で濡れているのだ。
「だけど……」
更に言い募ろうとする雷蔵の口を、三郎は自らの口で塞いだ。歯がぶつかり、その振動が雷蔵の脳まで響いた。三郎の舌が、まさぐるように雷蔵の口の中で動く。溢れた唾液が、雷蔵の顎を伝って落ちた。こめかみが、ぞくぞくする。
「んっ、んん……っ」
口が離れ、息をつこうとしたら今度はぬるついた性器を扱かれる。それと同時に体内で三郎のものが大きく動き、雷蔵は悲鳴じみた声をあげた。
「は……あっ、あっ、あっ」
前後からの強い刺激に、雷蔵はたちまち追い詰められた。頭からつま先まで、ひっきりなしに痺れが走る。せめてどちらかを手加減して欲しいのに、言葉が出て来ない。
「ああ……っ、んっ、あ……っ」
身体が揺さぶられる。涙で視界がぼやける。三郎の顔が滲んでよく見えない。ああ、また彼が泣いていたらどうしよう。不安になって、雷蔵は手を伸ばした。その手を三郎が、そっととらえて手の甲にくちづける。
「三……郎……っ、泣かな……で……」
波打つ声でそう告げると、三郎が困ったように笑う気配がした。
「……それで、さっきはどうして泣いていたんだい」
裸の肩に寝着を引っかけ、雷蔵は隣で寝転ぶ三郎に問うた。三郎はこちらを向いて、「きみも泣いていたよ」とからかうように笑う。
「三郎」
はぐらかす気の三郎に、やや強い口調で彼の名を呼ぶ。すると三郎は、笑顔を引っ込めて口を閉じた。それから少し黙った後、半身を起こして雷蔵の目をじっと見据えた。
「泣いていたとき、おれはどんな顔をしていた?」
真剣な顔で見つめられ、雷蔵は少し狼狽した。目をそらしてしまいたかったが、何故かそれは出来なかった。
「……悲しそうな顔を、していたよ」
「それじゃあ、きっと悲しかったんだろう」
言って、三郎は軽く笑った。雷蔵は、むっと眉根を寄せる。
「三郎、答えになっていない」
「だって、おれの中にも答えなんてないんだもの」
「また、そんなことを」
「雷蔵、おれはどうして泣いたんだろう。何が悲しかったのかな」
三郎の口調は至って真面目で、雷蔵は彼が適当な回答で逃げようとしているわけではないことを知った。三郎は本当に、何故泣いたのか自分でも分かっていないのだ。
「三郎……」
にわかに悲しくなって、雷蔵は溜め息をついた。すると突然、三郎がこんなことを言い出した。
「死体を見た」
「えっ?」
あまりにも唐突だったので、雷蔵は一瞬、彼が何を言ったのか分からなかった。死体を見た。彼はそう言ったか。
「今日、山の中で死体を見たんだ。崖から落ちたのか、顔が潰れていた。あれじゃあ、何処の誰だか全く分からない」
雷蔵は、黙って三郎の言葉を聞いた。三郎は、雷蔵に向けてというよりは、自分に聞かせるために話しているようだった。
「別にそんなの、どうだって良いことなんだけれど。だけど……。ああ、そうか。そうだな」
独り言めいた呟きのあと、三郎は納得したように何度も頷いた。
「うん、きっと、おれは悲しかった。何が悲しいのか言葉には出来ないけれど、悲しかったよ、雷蔵」
三郎は何処か惚けたような声で言い、布団の中から手を出した。ぎゅっと、雷蔵の手を握りしめる。
「うん」
雷蔵は頷き、三郎の肩に頭を預けた。そのままそっと、目を閉じる。三郎の片手が、雷蔵の背に回る。
「雷蔵」
「うん」
「朝までこうしていても、良い?」
「……うん」
もう一度頷いた瞬間、雷蔵は無性に悲しくなった。
肩にかけていた寝着が、するりと滑り落ちる。素肌に触れる空気の冷たさに、雷蔵は身震いした。
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