■くらむ桜(現代)■
今どこにいるの、とメールしたら、裏庭の桜のとこ、と返事が返ってきたので裏庭に急ぐことにした。鞄の中には、雷蔵に借りた本が入っている。和田竜「忍びの国」。沢山、話がしたい。雷蔵とふたりで、色んなことを。
メールの通り、雷蔵は裏庭に生えている桜の大木の下にいた。桜の花が軽やかに舞う中で、すうすう居眠りをしている。傍らにソフトカバーの本……東川篤哉「謎解きはディナーの後で」が落ちていた。
雷蔵が眠っている。薄い瞼は伏せられ、短い睫毛が僅かに影を作っている。おれは速やかにポケットから携帯電話を取り出すとカメラを起動させ、雷蔵の寝顔を写真に撮ることにした。そこに躊躇は存在しない。こんな可愛い寝顔を撮影しないでいられようか。
まずは、少し離れたアングルで一枚。シャッター音が響く。しかし、雷蔵は目を覚まさない。それに気をよくして、今度は近づいてカメラのピントを調節する。そこで、はっと気付く。
雷蔵のくちびるの端に、桜の花びらが一枚くっついていたのである。くちびるに寄り添う、桜の花。
その光景に正体不明にエロスを感じ、胸が燃え上がった。感動すら覚える。こういうのを、奇跡と呼ぶのではないだろうか。
手が震えそうになるのを堪え、アップでもう一枚。口元の花びらも、しっかり押さえた。完璧だ。おれは、ほくほくした気持ちで携帯をポケットにしまった。今日は良い夢が見られそうだ。
「…………」
しゃがんで、雷蔵の顔をのぞき込む。早く起こしたいような、もう少しこの表情を眺めていたいような。
雷蔵は、本当に気持ちよさそうに眠っていた。そっと手を伸ばし、その頬に触れてみた。あたたかい。そんなことをしても、雷蔵は起きなかった。鼓動が早まる。全身が温水につかっているみたいだった。腹の底がゆらゆらする。
……もうどうにも我慢が出来なくなって、おれは雷蔵の雷蔵のくちびるに自分のそれを重ねた。触れ合っていたのはほんの一瞬、掠める程度だったけれど、たまらない心地だった。
熱く火照った顔を離し、雷蔵を見つめる。未だ、彼の目は閉じられている。そして、口元にあった桜は落ちてしまっていた。
「……はあ……」
眠っている相手に何をやっているのだろう…・…ということに今更ながらに気が付いて、おれはため息をついた。流石に罪悪感が湧き上がる。しかし、此処までされて起きない雷蔵も凄い。いとしい。可愛い。危なっかしい。もどかしい。だけどやっぱり、いとしい。
……とりあえずおれはふたたび携帯電話を取りだし、彼の寝顔をもう一枚撮っておくことにした。
(携帯カメラで保存ばっちり)
(忍者じゃないから起きない雷蔵)
(良かったね三郎!)
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