■三郎と雷蔵の身体が入れ代わりますよという話■
忍術学園の一日は、夜明けと同時に始まる。
起床の鐘が鳴り響き、不破雷蔵は大あくびと共に緩慢な動作で体を起こした。まだ眠い。目覚めてすぐは頭の中がどろどろとして力が入らない。瞼と舌と胸と腰と手足と……とかく全身が重かった。
「ねむ……」
雷蔵は呟き、頭を乱雑にかきむしった。と、そのときである。
ずるり。
髪の毛が全部外れて手元に落ちた。癖があって量の多い雷蔵の頭髪が、一気に、ごっそりと。
「うわっあああっああっわああああっ!!」
雷蔵は絶叫した。一気に目が覚めた。眼下には毛の塊である。髪が抜けた。抜けてしまった。それも全部。全部である。
「どっ、どうした雷蔵!」
三郎が、勢い良く布団を跳ね上げてこちらに飛んできた。
「さっささっ三郎っかっかっ髪っ、髪がっがっ」
混乱と動揺のあまり、上手く喋ることが出来ない。だって髪。髪が。ああ髪よ、長き友よ、確かに癖毛だったけれど毛根には自信があったのに!
雷蔵は、落ちた髪を呆然と見下ろした。禿、という字が頭をゆっくりと横断する。禿。禿頭。十四歳の少年が背負うには、あまりに重い枷である。酷い。こんなのって無い。一体、ぼくが何をしたと言うのだ。
自失する雷蔵の肩に、三郎の手が添えられた。
「お、落ち着くんだ、雷蔵」
「こっ、これが落ち着いてなんかっ」
「いいや、これは……きみの髪じゃない!」
そう言って、彼は雷蔵を揺さぶる。しかし雷蔵には、それは慰めにしか聞こえなかった。どうしたって禿だ。禿なのである。
「だ、だって! 頭を触った拍子にドサッと!」
「よく見るんだ! これはかもじだよ!」
思いもよらない単語の登場に、雷蔵は動きを止めた。かもじ。かもじだと。
「か……かもじ……?」
雷蔵は涙声で聞き返した。三郎は真剣な顔で頷く。
「そう、かもじだよ」
「かもじ……」
恐る恐る、雷蔵は布団に横たわる毛の塊を改めて確認した。
よく見ると、髪の毛は一本一本、布へと丁寧に縫い付けられていた。確かに、雷蔵の毛ではないようだった。これは、作り物だ。それでようやく、三郎の言葉を信じることが出来た。
「本当だ! かもじだ! ……だけどどうして、ぼくの頭にかもじが?」
「そのことなんだけど……きみ、自分の声や身体に違和感を感じないかい」
問われて、雷蔵は首をかしげ声を出してみた。
「えっ? あ……。あー、あー。いろはにほへと……。あれ……これ、三郎の声だ!」
雷蔵は愕然とした。自分の喉から出る声がいつもと違う。それによく見たら、布団だってこれは三郎のものだ。
「ぼくが、三郎になってる……?」
「……そうなんだ。そして、おれが雷蔵になっている」
三郎はそう言って、自らの顔をがりがりと手で引っ掻いてみせた。普段ならば、変装が剥がれるからと言って絶対にやらない行為である。しかし今、そんなことをしても彼の皮膚はびくともしなかった。確かに、雷蔵の目の前にいるのは雷蔵だった。
同じ顔なのでややこしいが、彼らはそっくり身体が入れ替わってしまったのである。
「ということは……」
雷蔵は三郎を見た。彼もまた、こちらの顔に視線を注ぐ。
「ぼくが禿げた訳じゃないんだね!!」
興奮ぎみに叫んで、雷蔵は三郎に抱きついた。
「そういうことだ雷蔵!」
三郎もまるで自分のことのように喜び、雷蔵の背に手を回した。
「ああ良かった! 一時はどうなることかと!」
「おめでとう雷蔵!」
「有り難う三郎!」
ふたりはしっかと抱き合い、うふふあははと幸せを分かち合った。
禿じゃない。禿じゃなかった。
それはこれ以上ないくらいに雷蔵を安堵させ、そして至上の幸福をもたらした。なんと言っても髪は大事である。いつか別れを告げる日が来るかもしれないが、十代の内くらいはたっぷりと生やしていたい。
「……え、いや、そういう問題じゃねえだろ……」
たまたま部屋の前を通りかかった八左ヱ門が、心底呆れた、というかいっそ恐ろしげな顔で呟いた。後ろにいた兵助が、処置無し、とでも言うように首を横に降る。
三郎と雷蔵の祝福はまだ続いていた。そういうわけで本日、弥生の十七日は、雷蔵の禿回避記念日である。
2010年は、「ベタなテーマと向き合う」をコンセプトにやっていこうかと思うのです。そういうわけで人格交換。
でも書いてる途中で、
「ああ、どうせならとても残念な感じに仕上げたい。おいしいテーマの無駄遣いをしたい!!」
という、わたしの持病がムラッと疼き、こういうことになりました。
本当に、テーマを無駄遣いしたなと……。
でも、禿か禿じゃないかって男子には凄く大事なことですよ……。
すいませんこんなんですが、すごく楽しかった! です!
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