■三郎と雷蔵は暇で暇で仕方がない■


 折角の休日だというのに、その日は朝から雨だった。特に何か予定を立てていたわけではないが、休日に雨が降ると何だか損した気分になるのは何故だろう。

「……暇、だなあ」

 しけった床に寝転び、天井を見つめていた三郎がぽつりと呟いた。

「暇、だね」

 壁にもたれかかり、障子の枠木を見るともなしに見ていた雷蔵も呼応する。

 とかく今日はやることがない。手持ちの本も全部読んでしまったし、勉強をする気にもならない。雨音も、単調すぎてとっくに聞き飽きた。この天気では何処にも行けない。本当に、何もやることがない。ふたり揃って、掛け値無しに暇だった。朝からずっと、何もせずにこうやってぼんやり過ごしている。なんと不健康な休日。

「不破雷蔵あるところ……鉢屋三郎ありさ!」

 突然、何の脈絡もなく雷蔵がそんなことを言い出したので、三郎はびくっと身体を震わせた。首を捻って、彼の方を見る。雷蔵は何事もなかったかのように、障子に視線を向けていた。

「……今のは何だい、雷蔵」

 尋ねると、雷蔵も三郎を見返す。丸い目が、聞いたら分かるだろう、とでも言いたげにくるりと動いた。

「三郎の物真似」

「えええー」

 三郎は非難めいた声をあげた。雷蔵は、意外そうに首を傾ける。

「結構似てたと思うんだけど」

「いや、何か違う気がする」

「そうかなあ。じゃあ……」

 雷蔵は言葉切り、ひとつ咳払いをした。そして、歯を見せて笑う。

「以上、全て鉢屋三郎がお送りしました!」

「……いや、雷蔵」

「今のはかなり似てたよ」

「似てない。似てないよ」

「嘘だよ、絶対似てたよ。今度ハチの前でやってみよう」

「良いよ、やめなよ。何だか恥ずかしいよ」

 三郎は憮然とした口調で言った。自分が誰かの真似をするのは良いが、自分が誰かに……しかも雷蔵に真似されるなんて、むずがゆくて仕方がない。

 そんな三郎を見て、雷蔵は笑った。それからまた視線を障子に戻し、溜め息をつく。

「……暇だね」

「……暇だな」

「今日の夕食は何かなあ」

「おれは肉が食いたい」

「ぼくも食べたい」

「……そんなこと言ってたら、腹が減ってきた」

 三郎は、寝転んだ姿勢のまま手で腹を押さえた。雷蔵がせつなげに頷く。

「ぼくも」

「雷蔵、何か食う物持ってる?」

「何も」

 雷蔵がゆるゆると首を振ったので、三郎はがっくりと肩を落とした。ふたりはほぼ同時に息を吐き出した。

  暇な上に空腹。最悪だ。退屈な時間というのは、いつもよりもうんと刻の進みが遅く感じるのに、そこに空腹が加わったら更に時間の経過が緩慢に思える。

「三郎、何か話をしよう」

「何かって、何の話を?」

 雷蔵の提案にそう返すと、雷蔵は虚を突かれたような表情になった。

「ええと、それは……」

  雷蔵が口ごもるので、三郎も話題を探してみた。しかし、まるで何も思い浮かばなかった。普段は意識しなくても雷蔵と色々な話をしているのに、改めて考えると、どうにも困ってしまう。しばし黙して頭を捻っていると、雷蔵がまた、突然声をあげた。

「不破雷蔵あるところ、鉢屋三郎ありさ!」

「……雷蔵、それはもう良いよ」

「今のが一番似てた」

 雷蔵はやけに力を込めて主張する。余程自信があるらしい。三郎は、ごろりと寝返りを打った。

「だから似てないって」

 三郎は認めない。似てやしない。絶対に。

「ちょっと楽しそうに言うのが、こつだと思うんだ」

「止してくれ。何だかとてもいたたまれない」

「良いじゃないか。たまにはぼくがお前の真似をしたって」

「……」

 何とも反論出来なくて、三郎は口を閉じた。

「……それにしても」

 雷蔵は言って、ずるずると身体を倒した。

「暇だねえ」

 雷蔵は欠伸混じりにそう言った。するとそれが三郎にも感染し、彼は大きく口を開けて欠伸をした。

「暇だなあ」

 ふたりはそれぞれ寝転んで、ぼんやりと天井を眺めた。

 雨は一向に降り止まず、雫が屋根を打つ音だけが部屋に落ちた。