■忍者ごっこ 05■


「……何か、このまま先輩たちがやっちゃってくれそうな雰囲気だな」

 少し離れたところで彼らの戦闘を眺めながら、竹谷がぼんやりと呟いた。それを聞いて、久々知が我に返ったような顔つきになる。

「い、いや、でも俺たちも参加しないと」

「そ……そうだよ、ね」

 久々知の言葉に、雷蔵も首を縦に振る。三人は顔を見合わせ、上級生たちともつれ合う三郎の元に飛び込んで行った。

「三郎、覚悟!」

 まず雷蔵が、三郎の背後を取った。三郎は潮江と仙蔵に気を取られていたようで、雷蔵への反応が一拍遅れた。三郎の表情が歪む。そのとき、雷蔵の耳の側で風が起こった。何事かと視線をそちらに向けると、彼の横面めがけて、潮江の足が飛んで来るところだった。

「おらあ!」

「うわあっ!」

 雷蔵は身を縮め、三郎の背中にかじりつくようにして逃げる。あと少し遅れていたら歯を数本持って行かれていたであろう蹴りに、雷蔵の体温が下がる。

「しっ潮江先輩、ぼくは不破です! 鉢屋はこっち!」

 必死で三郎の後頭部を指さして訴えるが、潮江は「どっちだって良い! 喰らえ!」などと無茶苦茶なことを言い、今度は手裏剣を投げてきた。

「うわああ!」

「ひゃああ!」

 雷蔵と三郎は、身体を密着させたままめいめい逃げようとしたので、お互いに足をすくわれて転んでしまった。そこに、仙蔵と久々知が同時に飛びかかってくる。

「い……いくらなんでも、六年ふたりと五年三人を同時に相手に出来るわけないだろうがあ!」

 三郎は悲鳴じみた声をあげ、まるで獣のように四肢をしならせて、その場から跳び退いた。

「よっし今だ! 忍法・体当たりの術!」

 叫んで、竹谷は肩口から思い切り三郎の背中にぶつかった。三郎の身体がふらつく。

「い……っ! それの何処が、忍法だ……っ!」

 三郎の声は、すっかり疲弊しきっていた。そんな彼に追い打ちをかけるべく、竹谷は目を光らせる。

「いけ兵助!」

「よし、忍法・羽交い締めの術!」

 今度は、久々知が三郎の両脇にがっちりと腕を回し、動けないように彼を拘束した。

「おま……っ、お前らなあ!」

「とどめだ雷蔵!」

 竹谷と久々知の掛け声に、雷蔵は三郎の正面に回って手を振り上げた。三郎が目を見開く。

「それじゃあ……忍法・懐探りの術!」

 そう言って、雷蔵は勢いよく三郎の懐に手を突っ込んだ。きゃあっ、と三郎が女子のような甲高い声をあげ、喉をそらす。

「あっいやっ、やめてっ! 感じちゃう!」

 奇妙な裏声を出す三郎は無視して、無遠慮に装束の中をごそごそと探る。そしてとうとう、雷蔵は折りたたまれた密書をつかみ取った。

「見付けた! 密書だ!」

 高々と宣言して密書を掲げ上げると、久々知と竹谷から、おおっという歓声があがった。雷蔵は大きく息を吐き出す。どうにか、時間内に密書を奪うことが出来た。

「くっそ、やられた! 何だよ、何か反則くさくないか?」

 負けた三郎は憮然とした表情だ。こんなに悔しそうな三郎は珍しく、雷蔵は少し良い気分になった。

「何言ってるんだ。使える物は何でも使う。ハプニングだって利用しなきゃ。忍者なんだから」

 にこにこと笑って雷蔵が言うと、三郎はちぇっと舌打ちをした。

「一時はどうにかなるかと思ったけど、勝てて良かったなあ、雷蔵」

 竹谷に肩をぽんぽんと叩かれ、雷蔵は更に笑顔になった。

「ハチも兵助も、手伝ってくれてありがとう。ふたりのおかげだよ」

「いやあ、楽しかったよ。たまには、こういうのも良いもんだな」

 三郎から手を離して、久々知も笑った。先程までの殺伐とした雰囲気は何処かに去り、ほんわかとした、和やかな空気が場に流れる。

「お前ら、さっきから一体何の話をしてやがんだ?」

「密書がどうとか聞こえたが」

 背後から上級生たちの声が聞こえて、雷蔵たちはぎくりと身体を硬直させた。遊戯に勝てた喜びに浮かれて、潮江と仙蔵の存在が視界から消えていた。五年生にもなってごっこ遊びに興じていました、などと、恥ずかしくて言えない。

 ……それでも先輩たちの「言えよ」という無言の圧力に屈し、雷蔵はたどたどしくことの次第を説明した。すると案の定、潮江が顔をしかめる。

「ごっこ遊びだあ? お前らいい歳して、何考えてんだ。ガキかよ」

 潮江は容赦なく言い放つ。全くもってその通りなので、返す言葉もない。雷蔵は恥ずかしくなって、身体を小さくした。彼自身、何でこんなに白熱してしまったのか、よく分からない。

「まあまあ、文次郎。追跡、逃亡の自習だと思えば感心なことじゃないか」

 意外なことに、仙蔵は理解を示してくれた。さすが立花先輩は心が広い、と雷蔵は軽く感動した。仙蔵は「それで」と言い置いて、雷蔵の手元の密書に視線を向けた。

「その密書には、何が書いてあるんだ?」

 言われて、雷蔵も密書に目を落とした。そういえば、密書の内容なんて全く気にしていなかった。一体何が書いてあるのだろう。地面に胡座をかいている三郎を振り返ると、 「開けたら分かるよ」というふてくされた返事が返ってきた。

「おお、見たい見たい」

「俺も」

 竹谷と久々知が寄って来る。雷蔵は密書を開いた。仙蔵と潮江も、どれどれと雷蔵の手元を覗き込む。

  中には、やや黄色に変色した紙が入っていた。端の方は虫に食われていて、あまり保存状態も良くない。更に紙を開くと、何やら文章が書き付けてあるのが見えた。

「きったねえ字だな」

 団蔵の字よりは読めるけどよ、と潮江が文句をつける。雷蔵は、ん? と思って眉をひそめた。あれ、この字は……。


   しょうらいの ゆめ
        一ねん ろ組  ふわ 雷ぞう

 わたしの しょうらいの ゆめは、 一りゅうの 忍者になることです。 名のある おしろに おつかいして、 てきをたくさんたおす つよい 忍者に なりたいです。
それと わたしは 本がすきなので、 おとなになるまでに 百さついじょう 本をよんで、  へいほうや にんぽうを たくさんべんきょうして えらい人に なりたいです。


 ……密書は、雷蔵が一年生のときに書いた作文だった。雷蔵は途中まで読んだところで「うわああっ!」と叫び、作文を握りつぶした。

「な、何でこんなものが!」

 雷蔵自身、今までこんな作文の存在をすっかり忘れていた。わざわざ三郎は、部屋の中から引っ張り出して来たのだろうか。こんな昔のものを。雷蔵は頭を抱えた。自分で読むのも恥ずかしくて耐えられないのに、竹谷や兵助、それに先輩たちにも見られてしまった。驚きと羞恥で顔が熱くなる。

「ほう。不破は意外と野心家なんだな」

「ああー、一年のとき書いたよなあ、将来の夢。なっつかしいー」

「字が間違ってんぞ。お使いしてどうすんだよ。お仕え、だろうが」

「雷蔵も、昔は字が下手だったんだな。今はすごく上手いのに」

 口々に感想を述べる四人に、雷蔵は再び叫び声をあげたくなった。勢いよく三郎を振り返ると、彼は手を叩いて楽しそうに笑っていた。

「だから言ったろう、人数が増えて困るのは雷蔵だよ、って!」

 敗者のくせに勝者のような勝ち誇った笑みを浮かべる三郎に、雷蔵の怒りがふつふつと燃え上がる。

「鉢屋三郎、許すまじ!!」

 演習場全体に響き渡る怒号と共に、雷蔵は三郎に飛びかかっていった。三郎は、

「いやっ乱暴はおよしになって!」

  と、ふたたび奇妙な裏声で叫び、笑いながら身をよじった。


 それと同時に、夕食の時刻を告げる鐘の音が鳴り響いた。空はもう、鮮やかな橙に淡い紺が混じりつつあった。



おしまい!