■たまごとわたし 後編■


 こちらを向いた三郎は、まだまだ不機嫌そうな顔をしていた。しかし、やっと目が合ったことに雷蔵はほっとした。

 三郎は、雷蔵の肩に額をのせてこう呟いた。

「……おれは、凄く傷付いたよ」  

「うん、そうだよね。ごめんね」

 本当は、あれくらいで臍を曲げなくても……と思っていたのだけれど、今は彼に逆らわないことにした。ここで喧嘩になっても馬鹿らしい。

「どうやって、慰めてくれる?」
 
 ちらり、と三郎の目がこちらを見た。怒っているような、何かを期待しているような。そんな色をしていた。

「ううん、どうしようかなあ」

 雷蔵は迷うふりをしながら、三郎の髪の毛を撫でた。彼はじいっとこちらを見つめている。そんな彼に思わず笑みを漏らし、雷蔵は三郎の顔を両手で包み込んで唇に軽く接吻をした。

「これで許してくれる?」

 口を離してそう言うと、三郎は唇の端をむずむずさせ、雷蔵に抱きついてきた。その重みで、雷蔵の身体が後ろに傾く。

「……もっと」

 甘い声で三郎がねだる。雷蔵は堪えきれずに、噴き出してしまった。鉢屋三郎という男は、どうしてこうも面倒くさくていとしいのだろう。

 雷蔵はもう一度、今度は先程よりも長く三郎と唇を触れ合わせた。

「これで良い?」

  尋ねると、「もっと」と先程と同じ答えが返ってくる。雷蔵は苦笑を漏らしつつ、みたび、三郎と唇を合わせた。すると三郎は雷蔵をきつく抱き寄せ、ぬるりと舌を雷蔵の口の中に差し込んだ。

「……っ、ん……っ」

 口腔に絡みついてくるぬめりに、雷蔵は肩を震わせた。そのまま三郎は雷蔵を床に押し倒し、更に深くくちづける。触れる唇と舌のやわらかさ、顎を伝う唾液の熱さに雷蔵の頭はほうっとなった。口を合わせたまま、器用に帯が解かれてゆく気配を感じながら、雷蔵はなんとなく視線を横に向けた。

 そうしたら、ドクササコ忍者(の、お面)と目が合った。

「…………」

 雷蔵は静かに、三郎の肩を押し返した。三郎は不思議そうな顔で目を瞬かせる。雷蔵は、ひとつ、深く息を吐いた。

「……あのさあ、三郎」

「なあに、雷蔵」

「この状況ではちょっと、無理だなあ」

 苦笑と共に、三郎を見上げる。自分と同じ顔をした男は、訳が分からない、というような面持ちになった。 だから雷蔵は、きちんと説明してやることにした。

「この、お面だらけの状態では無理、ってこと。……見られているみたいで落ち着かないよ」

「……そうは言っても、まだ乾いていないから、片付けられないもの」

「それじゃあ、今日はこれでおしまい」

 雷蔵は言って、ころんと寝返りを打った。すると、三郎は 「ええええっ!」と大仰な悲鳴をあげた。その大声に、雷蔵は耳を塞ぐ。

「だって無理だもの。もう、じゅうぶん慰めたろう?」

 雷蔵は笑った。いくらなんでも、曲者たちに見守られているこの環境で身体を重ねるのは不可能である。まったく、そういう気分にならない。

「分かった。それじゃあ……」

 三郎はひとつ頷いて、机の上に置いてあった手ぬぐいを取った。それを見た瞬間、雷蔵は彼が何をしようとしているか、すぐさま理解した。

「目隠しをすれば良い、とか言うんじゃないだろうな」

 先回りして言ってやると、三郎は動きを止めた。それから、恨みがましい目を雷蔵に向ける。

「……どうして、先に言っちゃうの」

「お前の考えていることは大体分かる」

「成程、おれは愛されているんだね」

  などと微妙に的の外れた返事をしながら、三郎は、さっさと雷蔵の目元に手ぬぐいを巻き付けた。急に視界が暗くなって、雷蔵の身体が跳ねる。よく分からないけれど、胸がどきどきした。

「あ、こら。無理だって」

 雷蔵は三郎の腕を掴もうと手を伸ばしたが、それは空を切った。 直後、口元にやわらかな感触。さぶろう、と名を呼ぼうとしたら、唇をぺろりと舐められた。

「無理だ、って判断したら止める」

 三郎は勝手なことを言って、雷蔵の袴を引き下ろした。 足元が急に涼しくなって、雷蔵は顔を熱くした。目の前に広がるのは、ただの黒だ。何も見えない。

「わ……あ……っ! 待っ……」

  雷蔵は声を震わせた。確かに曲者たちの視線からは逃れられたが、それとはまた違った意味で落ち着かないし、不安な心持ちになる。その内に三郎の手が下帯の中に入って来て、雷蔵は背をしならせた。

「……っ、あ、……っ」

 見えなくても分かる、よく知っている手がその部分をさする。何も見えない。三郎の行動の、予測がつかない。それが余計にに、雷蔵の身体を甘く揺さぶった。

「う……ぅ、……っ」

 自身の先端からあふれる粘りが三郎の指に絡まり、濡れた音を立てる。それが、普段より大きく聞こえる気がして雷蔵はいたたまれなかった。

「……三郎……っ」

 呼び掛けるが、返事はなかった。何か言えよ、と少し腹が立った。自分の吐息と、ぐちゃぐちゃという聞くに堪えない音ばかりが、耳の中に張り付く。快感に、こめかみがしめつけられる。

 そのとき突然、張り詰めたその部分に、濡れ濡れとした何かが巻き付いた。

「わっ、あっ!」

 全く予想していないかった刺激に、びくん、と雷蔵の腰が跳ねる。舐められている、ということはすぐに分かった。理解はしていても、身体が追いつかない。

「やめ……っ! あ、あぁ、あっあっ」

 三郎の舌が、ゆっくりと滑る。そのまま口に含まれる。痺れが首筋までのぼってきて、雷蔵は自らのこめかみをかきむしった。

 と、不意に、三郎の口が離れてゆく。唐突に気をそらされて、雷蔵はもどかしさに眉をしかめた。行き場を失った感覚が腰元でわだかまる。息苦しい。熱に圧されてどうにかなってしまいそうだ。

「こういう状況でも大丈夫みたいだよ、雷蔵」

  三郎は、熱をもった雷蔵のものに息を吹き掛け、含み笑いと共にそう言った。

「…………」

「むしろ、いつもより良さそう?」

  そう言われて、一気に頬が熱くなった。睨んでやりたいが、どんなに目に力を込めても、目隠しをされている状態では三郎に伝わらない。それが悔しくて、雷蔵はでたらめに手を振り下ろした。そうしたら、確かな手応えを感じると共に、「いたっ!」という三郎の悲鳴が聞こえた。

「ら、雷蔵……危ないよ……!目に当たるところだったじゃないか!」

  どうやら、雷蔵の手はきわどいところを掠めたらしい。しかし、その気になれば避けられるはずである。だから雷蔵は、もう一度手を振り下ろした。

「いった!」

  固くて丸い感触がしたので、今度は頭に当たったようだった。雷蔵は少しだけ胸がすっとした。

「きみは、たまに暴力的になるよね」

  不満そうに三郎が愚痴る。頭上に彼の気配を感じ、顎を持ち上げたら唇に指が押しあてられた。

「でも、そういうところも好きだな」

  一転して、とろけそうな口調で彼は言った。雷蔵は返事の代わりに、口元にあった指をぱくりと咥えた。

「かわいい雷蔵」

「……っ!」

  油に浸された三郎の指が後ろを這い、雷蔵は自分の舌と口の中の指をいっぺんに噛みそうになってしまった。

「い、あ……あ……っ」

 少しずつ、ぬめりを帯びた指が中へと押入ってくる。内側を、じかに触れられる感触に、しぜんと腰が浮いた。

「目隠ししたほうが、反応が良いなあ」

「……あっ、お前も一度、目隠し、されてみたら……良い、んだ……っ」

 雷蔵は三郎の指に、すこしきつめに歯を立てた。一瞬、びくりと彼の手が硬直する。

「……良いね、それも楽しそうだ」

「あ、あ……っ、あ……」

 指が増える。やわらかな内部を広げるように動き、時折、指先が奥を掠めて息が詰まる。 

「あ……っ」

 やがて、指が引き抜かれる。足を持ち上げられ、三郎の体重が身体にかかる。雷蔵は、三郎の顔がある辺りを見つめた。もちろん、何も見えない。だけど、彼がどういう顔をしているかは大体想像がついた。瞼の端を赤くして、幸せそうな、それでいてすこし泣きそうな顔をしているに違いないのだ。

 手探りで、三郎の背中に手を回す。力を込めて、うっすら汗ばんだ背を抱きしめる。

「う、あっ……あっ」

 指よりもずっと大きな質量が中へと入ってくる衝撃に、雷蔵は必死で耐えた。喉がひりつき、全身がおおきく戦慄いた。苦しい。だけど、それ以上に満たされてゆく感じがする。

「あ、あっ、ぁあっ」

 いちばん奥まで貫かれて、瞼の裏で閃光が弾けた。視界が奪われているため、どうしたって意識をその部分に集中してしまう。熱い。三郎のものが中を擦るたびに、ひりひりして、じくじくする。ぴったり合わさった身体の境目が焦げてしまいそうだ。

「あ……ぁ、あ、さぶろ、う……っ」

 揺さぶられ、きれぎれの声をあげる。身体の奥からこみ上げてくるものを堪えることができない。

「あ……っ、も……う……っ」

 助けを求めるように、手を伸ばした。三郎の手が、それをやさしく包む。それと同時に、彼は雷蔵の目を覆う手ぬぐいを取り払った。

「…………っ」

 急に視界が自由になって、雷蔵は息を呑み込んだ。

 目の前にいる三郎は、思ったとおり幸せそうで、ほんの少し泣きそうな顔をしていた。それを見たら何だかもうたまらなくなって、雷蔵は三郎の唇にくちづけをした。










「……で、さあ。三郎」

 天井を見上げ、雷蔵はぽつりと呟いた。そんな彼にのしかかったままの三郎は、にこにこと楽しそうに雷蔵の前髪を指ですくい「何だい、雷蔵」と、あまいあまい声で返事をした。

「今夜は、何処にどうやって布団を敷くつもり?」

 雷蔵は息を吐き出す。周囲を見る気がしない。それ以前に身体が重くて、首を少し曲げる気にもなれなかった。

「ああー……」

 三郎は困った様子で首筋を掻く。しかしすぐにまた笑顔になり、雷蔵の鼻に唇を寄せた。

「じゃあ今日は、このまま折り重なって寝……」

「いやだよ」

 言い終わらない内に拒否すると、三郎は「あれっ、酷い!」と目を丸くした。その表情が何だか可笑しかったので、雷蔵は思わずぷっと噴き出した。





フィニッシュは行間で済ませています。(最低な解説)(すいません力尽きました…)