■あい、うえ 後編■
「……あっ、……っ、んん……っ」
強い快感に、雷蔵は全身を震わせた。視線を下に向ければ、雷蔵の足の間に顔を埋める三郎の頭が見える。ぬるついた柔らかな感触が中心を這い、しぜん足の指が突っ張ってしまう。
「ああ……っ、は……あッ」
自分の掠れた声が、遠い。しかし三郎の舌の熱さと、この身を焦がす刺激だけははっきりと間近に感じられる。
「……っ、もう、無……理……っ」
限界がやって来て、雷蔵は三郎の肩を押した。しかし一層強く吸い上げられて、雷蔵は喉を反らした。声にならない声が口からほとばしり、三郎の口の中で果てた。
ごく、と三郎の喉が動く。いつもなら恥ずかしくて顔をそらすのに、雷蔵は荒い息を吐きながらそれを見つめていた。三郎は、唇の端についた白濁を指で拭い、真面目な顔を向けてきた。
「これ、飲んでも違反にはならないよな?」
「ああ……大丈夫じゃない?」
雷蔵は身体を起こし、首をかしげた。こんな質問に普通に答えている自分は、相当まともでないと思った。どうせまともでないなら、とことん何でもやってやれ、とも。
三郎と向かい合って、彼の肩をゆっくり押した。
「三郎、ぼくも口でしてあげる」
「え」
三郎はぽかんと口を開けた。表情から、戸惑いが見て取れた。なんせ、雷蔵がそんなことを言い出すのは初めてだ。いつもは、どれだけ三郎が求めても嫌がるのに。
雷蔵は構わずに三郎の身体を倒し、硬くなった彼のものに唇を寄せた。ためらわずに、口を開けて先端を咥える。三郎の腰が、小さく震えた。ゆっくり舌を滑らせながら、奥まで熱を含んでゆく。少し息苦しさを覚えたが、思ったより平気だなあと、ぼんやりとした頭で考えながら頭を動かした。
「……っ」
三郎が息を呑む。こんなぎこちない愛撫で三郎はちゃんと気持ち良くなってくれるだろうか、と少し不安になって雷蔵は視線を持ち上げた。すると、熱に浮かされたような三郎と目が合って、何となくほっとした。三郎が、雷蔵の髪をまさぐる。それが心地よくて、雷蔵は懸命に舌を這わせた。
「雷、蔵……っ」
やがて、三郎が声を詰まらせる。あ、限界だな、と思ったが口は離さなかった。直後、三郎のものが震えて口の中に熱い液体が迸った。青臭くて苦い。雷蔵はそれを飲み下し、思わず渋い顔をした。
「……どれだけ腹が減ってても、不味いものは不味いね」
言ってから、雷蔵は数回咳き込んだ。精液が喉に絡んで、声が変な調子になってしまう。
「まあ……、そりゃそうだろうなあ」
三郎は雷蔵の頭をよしよしと撫でた。それから、歯を見せて笑う。
「だけど、雷蔵がこんなことまでしてくれるなんて、飢えるのも悪くない」
「単純だなあ、三郎は」
雷蔵は呆れて、息を吐いた。三郎は嬉しそうに、いっそう笑みを深くした。
ふたたび、雷蔵の身体は床に倒された。
「……っ、あ……ッ」
指が、粘膜を掻き分けて内部に進入してくる。いつもより、三郎の指の感触が鮮明に感じられるようだった。動悸が速まる。目の前がくらくらする。
「あっ、あ、……ん、ん……ッ」
三郎の指の動きに合わせて、雷蔵の腰は震えた。指が一際奥を突くと、頭の中に白い閃光が走った。
「あ……っ、あ、あッ」
雷蔵は、汗で湿った手を握りしめた。快感でぼやつく頭の中で、ああこの汗が少し勿体無いかも、とうっすら思った。何せ貴重な水分だ。しかし直後、本数の増した三郎の指に中を探られて、その考えも何処かに消え失せてしまった。とかく今は、この快楽にしがみつくのに必死だった。
「ああ……何だかもう、色んな意味で死にそうだ」
三郎は、ふらりと頭を振った。雷蔵もそれに同感だったが、まともな言葉が出て来そうにもなかったので黙っていた。
三郎はぬるりと指を抜き、雷蔵をうつぶせにさせた。次に来る衝撃を予感して、雷蔵は奥歯を噛んだ。あてがわれた熱いものが一気に中に入って来る。雷蔵は床板に爪を立てた。眼前に火花が散る。気を失わなかった自分を褒めてやりたいと思った。
根元まで収まったところで、三郎は深く息を吐き出した。
「……これで死んだら、色んな意味で伝説だな、おれら」
三郎は力無く笑って、雷蔵の背骨を指でなぞった。雷蔵はその刺激に濡れた吐息を漏らした。
「……そう、だね……」
息も絶え絶え、雷蔵は頷いた。そんなことで名を残したくはないけれど、と胸の内で呟く。
「あ……っ」
三郎が腰をゆるりと動かしたので、雷蔵は上擦った声をあげた。ふらついたのか、三郎が床に片手をつく。大丈夫、と言いたかったが口が動かなかった。視線だけをちらりと三郎の方に向けると、こちらの言いたいことは伝わったようで、「うん、大丈夫」と返事が返ってきた。
三郎の熱が、律動を開始する。奥を何度も穿たれて、雷蔵は熱い息を吐いた。自分の指を噛み締めて、気を抜けばすぐにでも離れて行ってしまいそうな意識を必死で手繰り寄せる。
「は……ッ、あ……あ、あッ、あ……っ」
快感が膨らむのとは反対に、唇の間から漏れる声はどんどん細くなってゆく。頭の裏側が、じりじりと熱い。雷蔵は、指にきつく歯を立てた。
「あ……っ、も……う、む、り……っ」
切れ切れの声をあげ、雷蔵は床板に額を擦りつけた。本当に死んでしまうかも、と思った。身体がこなごなに砕けてしまいそうだ。
「無理……っ、む……り……っ」
声を詰まらせ、雷蔵は果てた。ややあって、三郎も微かなうめき声とともに精を吐き出した。その瞬間、雷蔵の身体はどさりと崩れ落ちた。その上に伏せるようにして、三郎も倒れ込んだ。
雷蔵は、血の滲んだ自分の指先をほんの少し持ち上げた。視界の焦点は定まらなかったが、それでも血の赤さはちゃんと見えた。ああ、生きているんだ、と思った。
「……で、さあ、三郎……」
「……何だい、雷蔵……」
「いい加減、抜いて欲しいんだけど……」
もう一刻ほどこのままだよ、と雷蔵は呟いた。彼らは、折り重なった体勢のままであった。部屋の中は、すでに夕陽で朱に染まりつつある。
「いや……おれも、そうしたいのはやまやまなんだけど……。身体が動かん……」
雷蔵の上に身体を投げ出し、三郎は掠れた声で言った。雷蔵も彼と同じく、一寸たりとも身体が動かなかった。ふたりは、しばし沈黙した。
「……三郎」
「何だい、雷蔵」
「やっぱり、飢えてるときにまぐわるのは駄目だ……」
「駄目だな……」
ふたりは神妙な面持ちで頷き合った。何処か遠いところから、烏の鳴き声が聞こえてきた。
おしまい……これは酷い……
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